2011年8月5日金曜日

チョコラー

っていうのはスワヒリ語で「ストリートチルドレン」のことを意味するらしい。
あまり良い意味では使われてません。
正確に言うと、チョコラー自体は「拾う」という意味なのだが。

日本人の監督がケニアの有名な都市の一つであるティカのスラムで撮影した映画「チョコラ」もこれから来ています。
確か。http://www.chokora.jp/

ちなみにこの映画に出ている子供が自分が活動している学校にいたことも。
直接の面識はありませんが。

ということでこの「チョコラー」。

うちの学校にはこのストリート上がりの子供がいっぱいいます。
なんせそういった子供らを保護している政府の施設なので。

彼らがストリートにでることになった背景は様々。
親を亡くして、身よりがない者。
親とケンカして、家出した者。
学校が嫌で逃げ出した者。
本間色々。

日本では考えられへん。
でもこう見ると本間国がちゃんと子供をケアしてるなって感心する。

彼らのストリート生活は本間に凄まじい。
10代の子供らがストリートでいわばサバイバルをしているわけや。

で、そのストリート上がりの彼らが見せる行動が顕著に見えた一日やった。

昼食後の点呼の時。
子供らが点呼のためにボチボチ集まっている時。

そこに2人の生徒が点呼で集まる他の生徒らの前を通り、熟れすぎて腐ったアボガド約10個を捨てるために焼却場へと運んでいた。
(前にも書いたがこのアボガドは結構問題になっている。)

その瞬間、それを見た、約50名の子供らがそのアボガド目がけて、猛ダッシュ。

とっさに「それは腐っているから食うな!」って言いに行ったものの、目がアボガド一色になって、猛ダッシュする約50人の子供を止めれるわけもなく、彼らは我が我がとアボガドを奪い合う。

アボガドがぐちゃぐちゃになって、手がべちゃべちゃになってる。
ほぼ液体になって地面に落ちているアボガドを舐めるようにして食べる子供らも。

本間、一瞬の出来事やったけども、正直ちょっとビビった。

これが初めての出来事ではなく、むしろ日常の出来事ではある。

この時、同僚の先生らはめちゃめちゃ怒ってた。
「おまえらここに来てもまだそんなことするんか!ここはストリートじゃないぞ!」って感じで。

ただ俺は真っ向と彼らを怒ることができんかった。
日本的にいえば彼らの行動は「やらしい」が適切だろうか。
(これは関西だけの表現か?)

ただケニアにはそんな環境で育ってきたこいつらみたいなやつがおる。
そうせざるをえないやつらがほとんどやったやろう。
体に染みついてるんやろうやと思う。
あのアボガドに向けて走る勢いを見ると。

う〜ん。難しいな。

2011年7月22日金曜日

Kasyioka

っていうのはこないだの書いた、うちの学校の給食のおっちゃん。


赴任したての時は酒の匂いプンプンさせて、子供に怒鳴り散らすわ、どつきまくるわで、隙あらば、学校出てぶらぶらしてた面倒くさいおっさんやと思ってた。

が、しかし最近、このカシオカとかなりのBest Friendっぷり。

年は50歳は軽く超えてて、はたからみたらおじいちゃんクラス。

これは前にも書いたがカシオカの作るギゼリはマジでうまい。

昼にカシオカのギゼリを食べるともう晩飯は手抜きでええかと気が緩んでしまうくらい、個人的にはぜいたくな飯。
 
ほんで毎日10時になったら俺がチャイを飲み損ねんようにわざわざ俺が授業中の教室まで割って入ってきて、「チャイ準備できたぞ!」と言いに来てくれる。

それから俺が晩飯の野菜買いに行くのめんどくさいなーっていうてたら、「Rafiki yangu!!(My friend)」っていうて、気前よく野菜くれる。

そんなもんやから俺も気よくなって、お返しに10時のチャイの時間にはたまにマンダジ買ってあげる。ナイスgive and take な関係やね。

普段はキボコ(棒)を振りまわして、子供をばしばししばいている姿を見るがカシオカを理解していくにつれて、子供をバシバシ叩く意味もわかってきた。
もちろん子供をボコボコにするのはよくないけどな。笑

多い時には120人近く、いる子供らの朝、昼、夜、3食の飯の世話をして、なおかつ仕事さぼるその他の同僚がいなくてもたった一人で食事の時間、元気なガキンチョらを制圧してる。笑
(ちなみに食事の時間はちょっと目を離すと子供らは荒れたい放題になる。)

そんなカシオカを見てると俺もちょっと手伝おうと、最近、よくカシオカの職場、キッチンに出入りしている。

手伝うっても別に飯作るわけではない。

ただ子供らがいらんこと(盗み食い)して、カシオカに怒られるのを防いでいるだけ。
カシオカの仕事を増やすなと。そして食べるなら、ばれんように食べろと。この下手くそが!
俺やったら、もっとこっそり食べるわ!
違うか。そんな話じゃないか。

とまぁそんな素敵なおじいちゃん。

こないだも言うたけど、日本に帰って間違いなく、恋しくなるものはカシオカが作ったギゼリが暫定、ダントツの一位。


2011年7月16日土曜日

親、大人たちよ

1年と3カ月が過ぎ、活動言語のスワヒリ語も本格的に慣れだして、子供が言うことはほとんど掴めるようになってきた。
(ただ英語とスワヒリ語を混ぜられるとまだまだダメ。)

そんなことに気付きだすと嬉しくなってくるもんやから大人・子供ともめっちゃしゃべりたくなる。

そうして夕方の遊びの時間になると、子供一人一人と話すようにしている。

本間どうでもいいから結構シリアスな話まで。

ほんでその会話の中で自分の中でよくひっかかることがある。

それは彼らがここへ連れて来られた理由。

窃盗・当校拒否が大部分を占めて、少数派はドラッグ・暴漢などなど。

ほんでまぁここで文字にして書いてみると相当な悪ガキが集まってるとこやなっちゅう印象を受ける。

事実、俺もここケニアに来る前にもらったうちの施設の概要の紙きれ一枚読んだ時、そんなことを思ったし、ちょっとびびった。

ただ実際、ここで子供らと関わってると全くそんなことはないと思う。

日本で子供らと関わった経験が豊富ではないのでうまいこと表現できるか、というか比較する対象の情報が薄いっちゅうか、わからんけど日本の子供らとなんら変わりない。
至って、普通の子供。

もちろん彼らがしたことは悪いこと。 

学校いかんのも、人の物盗るのも。
誰かがそれを教えたらなあかん。
その責任は大人にあると思う。

ただ親にしても、教師にしても、その他彼らを取り巻く大人たちがその責任を人に押し付けている感を受けてたまらない。
ここが俺のひっかかってるとこ。

もちろんほとんど子供から聞いた話なので、おそらく話を盛ったり、事実とは違うことを言ってるかもしれない。

ただ耳を疑うような理由で連れて来られている子供らがあまりにも多い。

・母親に家事を手伝ってと頼まれて、拒んだら警察につれていかれた。
・おばさんの携帯を盗もうとしたところ、見つかって、警察につれていかれた。
・朝起きるのが辛くて、学校にいくことを拒んだら、警察が家に来て連れて行かれた。


「えっそんだけ!?」
と何回、子供らに突っ込んだことか。

全然普通の子供やん。
なんやったら子供はこうでないとって感じるとこもある。

同じことを繰り返すがあくまでこれは子供の口から聞いた話なので、どこまで本当かわからない。

ただ仮にこれが本当であればもうちょい親・大人が頑張れよと思ってまう。
そして、たったこれだけの理由で1〜3年の間、子供らは更生学校という狭い社会に閉じ込められることになる。

この話についてはまた今度続きを書こうと思う。
おそらくだいぶ長くなるはず。


2011年7月14日木曜日

アボガド戦争

ここゲタスル更生学校には学校のど真ん中にアボガドの木が生えてる。

アボガドがある程度熟れると、天からの恵みごとく、木からアボガドが落ちてくる。


それを見た生徒らは我が先にとその落ちたアボガドに向けて、猛ダッシュ。

その勢いを授業に生かしてくれるかと思いつつ、日頃のワンパターンな食事に刺激を与えれるこのアボガドを嬉しそうに食べる子供を見ると、なんとも微笑ましい限り。

っちゅうことで子供らは時に、このアボガドに対して、必死になる。

木に向かって、石を投げるやつ。
木に登ろうとするやつ。
どっから持ってきたかようわからん、長い棒をブンブン振りまわすやつ。

先に書いたが、このアボガド、たまに俺も食べるがめっちゃうまい。

うちの名コック(その名もカシオカ)が作った俺の大好物のギゼリに、カチュンバリ(トマトとピリピリ、パクチ-などを混ぜたもの)を少し添え、その上にアボガドをたっぷりのせて、塩を一つまみ程度かけた、その日に昼食はたまらなく、うまい。

日本に帰ったら一番最初に恋しくなるケニアのものランキングにぶっちぎり一位にランクインしてるくらい。

それくらいうまい、このアボガド。

子供らが必死になって、取り合うのも理解できる。

しかし、最近このアボガド、子供らのケンカのタネになっているのも一つの事実。

まだ熟れていないアボガドを大事に隠す子供、そのアボガドを盗む子供。

取られたくないからとアボガドをポケットに入れてる子供、なにかと難癖をつけて、そのアボガドを自分のものにしようとする子供。

やっと熟れたアボガドをこっそり食事の時間に食べようとする子供、この様子を見た途端、いきなり彼のベストフレンドに成り上がろうとし、なんとしてもアボガドを分けてもらおうとするもの。

ここゲタスルの生徒はおとなしく、じゃあ分けてあげようかとわ言わない強者たち。
(まぁ子供はそうでしょ。)

が故に始まるケンカ。

おまえのかあちゃんデべそから始まる口喧嘩から手にしているアボガドがぐちゃぐちゃになるほどどつき合う喧嘩まで。

始めのころは俺生徒らが持ってきたアボガドが熟れるまで俺のオフィスにあるカギ付き棚(同僚ですらたまに子供のアボガドをとることがある)に置いていた。
アボガド、一つずつに子供らの名前を書いて、ほな熟れたら取りに来いよと伝えて、熟れたら渡す。

食べる時もみんなの前で食べるなら少しでえから分けてあげや、と。
分けるの嫌やったら隠れて食べろ!

こんな感じで対応してた。

ただ先にも書いたが最近、やたらこのアボガドのせいで生徒らが荒れてる。

一人10個単位でもってくる子供がいれば、棚の中に置ききれず、棚の上に置かれてるアボガドを、俺がオフィスにいない時間を狙って盗みにくるやつらもいる。

こうなればもう俺一人で何とかできるレベルじゃなくなる。

なので今日の会議時に「アボガド」を議題にあげるまで至る始末。笑


結果、落ちているアボガドすべてストールに集めて、それが熟れれば子供ら全員に渡すっちゅう結果になった。

というか後から絶対このケースは初めてじゃないはずやのに、今までうちの同僚らは何をしてたんやと気付く。


明日からアボガドを理由にケンカしてるやつは両成敗じゃ!!

一件落着?

2011年6月17日金曜日

The Day of African Child

ということで本日、6月16日はアフリカの子供の日。

ということを俺は昨日の時点で知る。

えらいこっちゃ子供らになんも準備してないと気付きつつ、果たして同僚らもそれに気付いているのかと今日の朝出勤。

案の定、「えっそうなん?」というリアクション。
俺らAfrican Childにがっつり関わってる職員として、最低やなってなる。

ほんでじゃあ今日は祝日なのかって聞くとどうやらそうでもないらしい。

なので子供らの日常の仕事と授業を続けることになる。

朝の集会の時点でその旨を伝えると子供らから大ブーイング。笑
そらそうですもん。今日はあなた達の日なんですから。

ほんでじゃあ今日は子供らは肉食べれるのかな?ソーダ飲めるのかな?と同僚に聞くと、「ボスがいないから、ないやろ」の一言。
おーーい!

とか言う俺も完全に忘れてたので何も言えず。

そんなこんなでいつも通り続ける授業。

じゃあせっかくなのでっていうことで授業の1コマを使って、昨日たまたま調べた、The Day of African Childについて語る。

この日の起源は1970年代の南ア。

当時、南アの子供らは政府や学校の職員に対して、教育の質の向上と彼らのmother tongue(詳細わからず)を学校で適切に教えられることを訴えていた。
この時、彼らがどんな教育を受けていたのか定かではないがわずか10代の少年・少女が政府や学校の先生に対して、抗議を行っていたことから相当な劣悪なものであったと推測する。

そして1976年6月16日。南アの地方都市で児童・生徒らを主としたデモ行進が始まる。
彼らのデモ行進が果たして平和的なものであったのか定かではない。
しかし彼らを取り巻く、警官隊やセキュリティーガードマンらが彼を鎮圧するため、100名以上の死者、1000名近くの負傷者を出す結果となる。
おそらくほとんどが10代の子供たちであったであろう。

そして約20年ほど前に現アフリカ連合によって、当時、教育の改善を訴えて亡くなった犠牲者と彼らの功績を称える意味で、The Day of African Childが成り立った。


すべての子供達に教育を受ける権利がある。

それが彼らの将来を耕すものになるから。
それが彼らの表現の幅を増やすから。
それが彼らの人生を豊かにするから。

そんなことを確認した一日。

ほんで、ごめんなゲタスルの生徒達よ。

2011年6月14日火曜日

すてき授業

先週末は素敵なイベントが続いた。
朝まで覚えたての徹マン(チョンボ4回やる)
ドミでBBQ(遅れて、残りもん食べる)
ワールド・カップ(16カ国のチームが集まったチャリティーサッカーイベント)

おかげで朝一番でドミから任地に戻ることになり、眠気眼ながら出勤した今日の朝。

今は子供らもテストが終わり、あとはトランスファー(他更生学校へ移送)の日を待つのみ。
せやけど授業はいつも通り続ける(ようにしてる。笑)
というのも毎回、テストが終わると教員・生徒ともに授業をやる雰囲気ではない。
その理由は以下にある。
・約1~2週間ほどテスト週間のため、授業が完全になくなる。(生徒らもここゲタスルの変則的な授業習慣を忘れる。ただ日本でもテスト後の授業って、「山場を乗り越えた」感が生じて、どこか集中しない気がある。それと同じようなものを感じる。)
・教員(といっても俺とジョロゲ)ですら若干、あと1〜2週間で移送される子供らに何を教えるんだというような空気が流れる。且つジョロゲに至っては普段の仕事量に比べて、テスト期間は半端ない仕事量をこなす(といっても日本基準ではおそらく並程度)、故に彼はそれなりの達成感を感じる+身体になんらかの異常(頭痛・腹痛・風邪・採点作業による腱鞘炎)をきたすため、テスト後には多大なる影響を授業に及ぼす。
つまり、彼は適当な授業する、最悪、授業やらない。

ただそんなこんないうてもClass goes on。

俺ももっかい気引き締めて。ジョロゲはほっといて。

ただこの時期は1クラスが50人になる日もあれば、マヒンディ(トウモロコシ)の収穫やということでいきなり授業の代わりにマヒンディの畑仕事に切り替わったりする。
加えて、生徒らのトランスファーの日は本部(更生学校を管轄している省庁)から移送作業の予算が下り次第、始まるため、彼らがいつ学校を出ていくのかマネージャーですら全く読めない。
1週間で予算が降りる時もあれば、1カ月以上待たされる時もあった。なので週をまたぐような授業は行えない。

つまりは計画通りにものが進まないということ。

であるからして、できるだけ1日で完結できるような授業が望ましい。

ということで気付けば非常に前置きが長くなったが今日CLASS7&8に日本食紹介をすることにした。

今まで子供らとの雑談の中で、日本文化紹介というようなたいそうなものではないけども日本のことについてなんでも話はしてきたが改めて、「日本文化紹介」ということで授業を行うのは初めて。
自分自身もめちゃめちゃ新鮮ですごいおもろいし、授業なのでいろんなマテリアルを準備して行うため、準備段階ですでにわくわく。

ただマテリアルといっても残念ながら俺自身ここケニアでめったに食えない日本食を子供らにも食わしてやることはできず、教員・生徒ともにフルに想像力を生かして、説明・聴講する。
ただ前日にパソコンにダウンロードした日本食写真を子供らに見せる。

〜かつ丼編〜

俺「これはかつ丼や!ごはんの上にな豚をあげたやつを卵でとじたやつをのっけるんや!めっちゃうまいぞ、これ!」
生徒「コレ、ケニアでも作れるんじゃないの?俺一回やってみよ!」

〜たこ焼き編〜

俺「これはたこ焼きっていうてな、俺のホームタウンの食いもんなんや。ギゼリ(俺の大好きなケニア料理の一つ)ってキクユ(ケニアの代表的な部族の一つ)の伝統料理やろ?あんな感じや!ほんでコレ、作るには特別なフライパンが必要でな、丸い形してるやつでな。」
生徒「知ってる!それ、ケニアでも売ってる!俺ん家にもあるし、それ!」

〜寿司編〜

俺「これは寿司っていうて、ご飯の上に生の魚のせた食いもんや!魚もな日本は島国やから昔からたくさん魚獲れて、種類もいっぱいあるんやぞ!ほんで日本人みんなコレめっちゃすきやぞ!」
生徒「生の魚!?考えられへん。日本人は生の魚食べるん?腹壊すって!」

といった感じで、ここケニアでは生の魚を食べる日本人に対して、驚愕とドン引きする。

何回か日本食の写真(ほぼ俺が食べたいもの)を見せた後に子供らに箸体験をさせた。

そして今日俺が一番驚いたのはこの時やった。

ケニアに売ってるラムネみたいなんを皿と皿に移すっていうのを子供らにさせた。せやけどさすがにちょっと難しいやろうなという気持ちと子供らがぎこちなく箸を使って、ラムネを落としたりというのを想像してた。

ところがどっこい。

子供らは喜んで、キャッキャ言いながらやっとるとこまでは俺の予想通りやったが、ほぼ全員、箸の使い方が様になってる。笑
もちろんたまに落としたり、変な箸の掴み方はするものの、うまいこと使ってた。ちょっと悔しくなって、無駄に皿と皿の距離をあけるも難なくこなす子供ら。

ちょっと予想を覆されて、面白くない俺ではあったが子供らは異国の文化に触れて、楽しそうにしてた。

知らない世界について興味をもって、「へぇ〜」っていいながら、知らない世界について知るってことは本間に素敵なことのような気がする。
それが将来、役にたつ、役にたたないは別にして。

2011年6月6日月曜日

For my own life

ここケニアで俺自身の人生をより素敵なものをするために新卒のペーペーにも関わらず、青年海外協力隊という素晴らしい制度を使わせてもらい、今まさにケニアにいる。

日本を離れて見えること
受け身な学生時代から能動的な協力隊生活
実家を離れて、海外で一人暮らし
上下関係なく接してくれ、日本・世界でものすごい経験をしてきた同じ協力隊の人たち
ナカダリカ・・・

これらを通じて見えるものが本当に多い。

あまりにも刺激的すぎて、自分に起こったすべての事象を消化しきれず、消化不良を起こすこともしばしば。
自分というしっかりとした「芯」がなければ、いろんなものに振りまわされてしまいそうになることも。

ここケニアで見る・起こる「違い」をおもしろいと見るか、否か。

断固、前者。
自分の目に映るものを否定ばかりして、何になる。
そんな小さな人生にしたくないし、そんな小さな世界をみたくない。

大きな人間になりたい。
そのためにはより多くの物・人と関わり
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で感じる。

最近、そんな自分の人生のテーマを掲げつつある。

なぜ、こんなことを書くのか。

決して、日本の税金を利用して来ているボランティアが活動とは関係ない、「旅行」に精を出すことを肯定しているわけではない。
断じて、そんなことはない。

7月 Mt. Kenya (アフリカ大陸 第2の山 5000m 級)
8月 Kilimanjaro (アフリカ大陸 最高峰 5895m )

登ってきます。
生きて帰ってきます。
最近、日本のおかんから電話がかかってき、最近見た映画の素敵な名言を残してくれた。

「山に捨ててはいけないのはゴミと命」


俺の人生に大きく刻まれることは間違いない。
活動がそっちのけになってしまいそうになるほどわくわく感がとまらない。