任期満了が近づいてる。
早いような、遅いそうな、長いような、短いような。
このブログもかなりの気まぐれで更新し続けて、1ヶ月・2ヶ月空くのはいつのまにか当たり前になってた。
しばしこのブログを閲覧して頂き、「おい、またこいつ更新してないやんけ」と思われた方、ホンマにすみません。
by the way。
リアルに帰国が近づいている。
2012日3月21日にケニアを経つ。
とはいうものの、自分は実質の活動を2月10日付で終えることになってる。
マネージャーに10日付で仕事を終える胸を伝えると「なんだ!それならせめて17日まで働けよ!」と全く理由も根拠もない、完全なるマネの気まぐれによる1週間を増やされそうになるものの、事情を説明すると快く受け入れてくれた。
理由は、
・キリマンジャロに登りに行く。
・あまり大きい声では言えないがあるツアーにでかける。
・この2年間でゲタスル更生学校に滞在していた生徒たちにお別れのあいさつしに、更生学校ツアーに出かける。
・家の片付け・事務処理等
である。
ということで実質あと2週間くらいしかない。
「寂しいな〜」とはぼちぼち思うものの、実はそうでもない。
というのも残り2週間でやることがいっぱいあるから!
・生徒に「それが大事」by 大事MANブラザーズを覚えさせ、少々ケニアンナイズし、その動画を大使館に送りつける。
(誤解を招かないために、補足。→2月末、在ケニア日本大使館にて日本語スピーチコンテストがある。当日のエンターテイメント部門にうちの生徒がたちが何かパフォーマンスをできる機会を同期からもらったのでそのため。)
・約1週間後に控える、ミニ運動会 (presents by JICAケニア伴侶の会の皆様)の開催
(これもさらに補足。今回、 JICAケニア伴侶の会の皆様のご厚意で、ナイロビになる当校にてミニ運動会を開催してくれる。当日は日本の運動会さながらの種目も準備しており、子供らの反応が楽しみ。更に更に、当日はお昼ごはんとしてカレーを振舞ってくれることになっており、こちらも楽しみ。お礼として生徒らに「それが大事」を歌わせようとも思っており、なんか自分で勝手に盛り上がってきた。ホンマに感謝です。)
ということであまり寂しいと思う間もなく、あっというまにすぎそうな2週間である。
最後まできっちりやるでー。
2012年1月27日金曜日
2011年11月25日金曜日
更生学校カップ開催!
ということで無事、開催されました、更生学校カップ。
ホストのカベテ更生学校とうちのゲタスル更生学校。
カベテの隊員、ベンゾーさんと準備段階からいろいろと不安材料を抱えながらもなんとか無事終えることができたことに一安心。
当日はケリチョ、ワムム、オザヤ、カベテ、ゲタスル更生学校に加え、キアンブーリマンドホーム、ティカレスキューセンター、ナイロビ日本人学校の全8校が集まった。
8時半開会式の予定やったけども8時20分の段階で日本人学校1校のみが集合。
ホストのカベテ、ゲタスルですら遅れるという始末にかなり焦ったものの、30分遅れで開会式も無事始まり、その後はプログラム通りに進んだ。
始まりはこそ、(個人的に)バタバタしたものの、子供らも、先生らもいざサッカーが始まるともう真剣そのもの。
各学校、これまで練習してきた成果を発揮するべく、優勝トロフィーを掴むべく、子供達、先生達共にとても熱くなってた。
結果はと言うと、ワクブワカップ(シニア部門)ではカベテ更生学校、ワドゴカップ(ジュニア部門)ではワムム更生学校が優勝トロフィーを掴んだ。
残念ながら我らがゲタスルはワクブワ、ワドゴ共に初戦敗退を喫してしまったが彼らにとっては本間にええ機会になったと思う。
俺はもともとサッカー経験ゼロのど素人で、ゲタスルでも子供らとほぼ毎日サッカーしているものの、実質、指導をしているわけではない。
ただ毎日、子供達が必死こいてボール蹴っている姿をみていると彼らに他校の生徒とサッカーする機会や「勝ち」にこだわったガチンコ勝負ができる機会を与えたかった。
そういう意味で今回の大会は本当に彼らにとってええ機会になりました。
また当日はたくさん協力隊員、JICA職員さんが足を運んでくれ、審判をやってくれたり、子供達と接してくれたり、といろいろお手伝いをしてくれ、大会がさらに盛り上がりました。
当日、来てくださった方、本当にありがとうございました。
そして忘れてはいけない、スポンサーの方々。
実は今回、スポンサーの方々にはこの大会を開催するにあたり、日本から子供たちが使うサッカーボールや優勝トロフィー、昼食代などをサポートして頂きました。
今回の大会の趣旨をご理解いただき、快く大会の運営費をサポートして頂いたスポンサーの皆様には本当に感謝です。
心からお礼申し上げます。
以下はサポート頂いたスポンサーの方々です。
西巣鴨中学校地域スポーツクラブ 岸弘之様
http://blogs.yahoo.co.jp/takumi_kishi
http://www.toshima-taishi.com/sports/sc_nishisu.html
萩中・羽田サッカークラブ 泉優二様
http://volandol-junior.sblo.jp/
大森キッカーズ
http://oksc.web.fc2.com/
林徹郎様
http://www.volandol.jp/index.php
特定非営利法人 スローソサエティ協会
http://www2.memenet.or.jp/slowsociety
ナマケモノ倶楽部会員 黒田瑞穂様
http://www.sloth.gr.jp/
ナマケモノ倶楽部会員 岡澤成郎様
http://www.sloth.gr.jp/
スポンサーの皆様、本当にありがとうございました!
今後、この更生学校カップが継続されるかはまだどうかはわかりません。
ただ今回の大会を通じて、学校の先生同士の交流もあり、「きっかけ」づくりはできたと感じてる。
この大会が「第1回 更生学校カップ」なることをひそかに期待して。
以下、大会の写真集。
ホストのカベテ更生学校とうちのゲタスル更生学校。
カベテの隊員、ベンゾーさんと準備段階からいろいろと不安材料を抱えながらもなんとか無事終えることができたことに一安心。
当日はケリチョ、ワムム、オザヤ、カベテ、ゲタスル更生学校に加え、キアンブーリマンドホーム、ティカレスキューセンター、ナイロビ日本人学校の全8校が集まった。
8時半開会式の予定やったけども8時20分の段階で日本人学校1校のみが集合。
ホストのカベテ、ゲタスルですら遅れるという始末にかなり焦ったものの、30分遅れで開会式も無事始まり、その後はプログラム通りに進んだ。
始まりはこそ、(個人的に)バタバタしたものの、子供らも、先生らもいざサッカーが始まるともう真剣そのもの。
各学校、これまで練習してきた成果を発揮するべく、優勝トロフィーを掴むべく、子供達、先生達共にとても熱くなってた。
結果はと言うと、ワクブワカップ(シニア部門)ではカベテ更生学校、ワドゴカップ(ジュニア部門)ではワムム更生学校が優勝トロフィーを掴んだ。
残念ながら我らがゲタスルはワクブワ、ワドゴ共に初戦敗退を喫してしまったが彼らにとっては本間にええ機会になったと思う。
俺はもともとサッカー経験ゼロのど素人で、ゲタスルでも子供らとほぼ毎日サッカーしているものの、実質、指導をしているわけではない。
ただ毎日、子供達が必死こいてボール蹴っている姿をみていると彼らに他校の生徒とサッカーする機会や「勝ち」にこだわったガチンコ勝負ができる機会を与えたかった。
そういう意味で今回の大会は本当に彼らにとってええ機会になりました。
また当日はたくさん協力隊員、JICA職員さんが足を運んでくれ、審判をやってくれたり、子供達と接してくれたり、といろいろお手伝いをしてくれ、大会がさらに盛り上がりました。
当日、来てくださった方、本当にありがとうございました。
そして忘れてはいけない、スポンサーの方々。
実は今回、スポンサーの方々にはこの大会を開催するにあたり、日本から子供たちが使うサッカーボールや優勝トロフィー、昼食代などをサポートして頂きました。
今回の大会の趣旨をご理解いただき、快く大会の運営費をサポートして頂いたスポンサーの皆様には本当に感謝です。
心からお礼申し上げます。
以下はサポート頂いたスポンサーの方々です。
西巣鴨中学校地域スポーツクラブ 岸弘之様
http://blogs.yahoo.co.jp/takumi_kishi
http://www.toshima-taishi.com/sports/sc_nishisu.html
萩中・羽田サッカークラブ 泉優二様
http://volandol-junior.sblo.jp/
大森キッカーズ
http://oksc.web.fc2.com/
林徹郎様
http://www.volandol.jp/index.php
特定非営利法人 スローソサエティ協会
http://www2.memenet.or.jp/slowsociety
ナマケモノ倶楽部会員 黒田瑞穂様
http://www.sloth.gr.jp/
ナマケモノ倶楽部会員 岡澤成郎様
http://www.sloth.gr.jp/
スポンサーの皆様、本当にありがとうございました!
今後、この更生学校カップが継続されるかはまだどうかはわかりません。
ただ今回の大会を通じて、学校の先生同士の交流もあり、「きっかけ」づくりはできたと感じてる。
この大会が「第1回 更生学校カップ」なることをひそかに期待して。
以下、大会の写真集。
![]() | ||
| 開会式の様子 |
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| ゲタスルボーイズ |
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| ゲーム前のあいさつ |
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| ゲタスルボーイズ ワクブワ達 |
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| 行けー!! |
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| ゲタスルvsワムム(ワドゴ) |
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| 日本人チームも参加しました。 |
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| 優勝カップ贈呈 |
2011年11月11日金曜日
更生学校カップ!!
と題して、来る11月19日(土)にうちの配属先と対面にあるカベテ更生学校がホストとなり、ケニアにある更生学校やその他チームを集めて、ガチンコ・サッカー大会をするわけである。
始めは数人の隊員で何の気なしに、更生学校カップやりたいなーっていう完全な思い付きから始まったこの企画。
出場チームは全部で8チーム。
ワドコカップ(ジュニア)・ワクブワカップ(シニア)の2リーグで行い、トーナメント形式で優勝を争う。
うちはジュニア・シニア共に出場し、更に俺は日本人チームとしてワクブワカップに出場する。
その他の隊員の頑張りもあり、スポンサーも見つかり、運営費も確保できた。
いつの間にか当日は生徒、教員も含め400人近い参加者が集まる大規模な大会になる。
あとは当日、みんなで楽しむだけ!
さーて、あともうちょい細かいとこ詰めてこー!
楽しみー!
始めは数人の隊員で何の気なしに、更生学校カップやりたいなーっていう完全な思い付きから始まったこの企画。
出場チームは全部で8チーム。
ワドコカップ(ジュニア)・ワクブワカップ(シニア)の2リーグで行い、トーナメント形式で優勝を争う。
うちはジュニア・シニア共に出場し、更に俺は日本人チームとしてワクブワカップに出場する。
その他の隊員の頑張りもあり、スポンサーも見つかり、運営費も確保できた。
いつの間にか当日は生徒、教員も含め400人近い参加者が集まる大規模な大会になる。
あとは当日、みんなで楽しむだけ!
さーて、あともうちょい細かいとこ詰めてこー!
楽しみー!
2011年11月9日水曜日
おかんがケニアに来る
10月20日から約10日間。
日本からおかんと弟が来ました。
ケニアに行くことが決まってからおかんを1度ケニアに呼ぼうと考
えていたわけで、おかんも俺がケニアに行くことが決まってからケニアに行ってみたいと言てたわけで。
散々迷惑かけたおかんに少しでも親孝行できればとも思い、なんやかんやで結構楽しみやったわけです。
さすがに初海外旅行に挑戦するおかんを一人で来さすわけもいかず、暇をしている弟も半ば強制で呼んだ次第です。
ケニアに着くなり、久しぶりの再会を果たす俺に対して二人が放った一言は「遠いわ!もう疲れた!」でした。
コラコラ確かに遠いところをよく来てくれたけどもそれが久しぶりに会う息子もしくは兄貴にかける言葉かい!笑
それから休日にも関わらず同僚がおかんらを迎えるためにわざわざ空港まで学校の車を出してくれ、ナイロビの自宅へ直行。
その道中で地元大阪の輩以上に交通マナーの悪いドライバーたちや途上国らしからぬ高層ビルが立ち並ぶ景色、はたまた空港のすぐそばで出迎えてくれるキリン・シマウマなどの動物たちを見ながらただひたすら驚くおからんらの反応を楽しむ。
この10日間での予定はざっとこんな感じ。
・マサイマラで野生動物を見る。
・俺の活動先である学校で子供達に100人分のハヤシライスを作る。
・ケニアにある孤児施設・マトマイニを見学。(日本のある番組で取り上げられてたらしい)
・俺の活動を見る。
あとは写真でどうぞ!
散々迷惑かけたおかんに少しでも親孝行できればとも思い、なんやかんやで結構楽しみやったわけです。
さすがに初海外旅行に挑戦するおかんを一人で来さすわけもいかず、暇をしている弟も半ば強制で呼んだ次第です。
ケニアに着くなり、久しぶりの再会を果たす俺に対して二人が放った一言は「遠いわ!もう疲れた!」でした。
コラコラ確かに遠いところをよく来てくれたけどもそれが久しぶりに会う息子もしくは兄貴にかける言葉かい!笑
それから休日にも関わらず同僚がおかんらを迎えるためにわざわざ空港まで学校の車を出してくれ、ナイロビの自宅へ直行。
その道中で地元大阪の輩以上に交通マナーの悪いドライバーたちや途上国らしからぬ高層ビルが立ち並ぶ景色、はたまた空港のすぐそばで出迎えてくれるキリン・シマウマなどの動物たちを見ながらただひたすら驚くおからんらの反応を楽しむ。
この10日間での予定はざっとこんな感じ。
・マサイマラで野生動物を見る。
・俺の活動先である学校で子供達に100人分のハヤシライスを作る。
・ケニアにある孤児施設・マトマイニを見学。(日本のある番組で取り上げられてたらしい)
・俺の活動を見る。
あとは写真でどうぞ!
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| おかんも一緒に体育の授業。 |
![]() | ||
| 図工の時間 |
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| マトマイニの子供らと |
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| マサイマラにてゾウ! |
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| だらけきったライオン 迫力ゼロ。笑 |
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| もうええやろ言うくらいのヌーの大群 |
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| サバンナでの朝焼け これがあるからサファリはたまらん! |
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| マサイの村訪問 なぜか乗りで一緒にマサイダンス |
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| ハヤシライス 約100人分! |
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| みんなテンションあがりまくり! |
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| みんなもう必死 |
おかんも、始めは文句いうてた弟もケニアを楽しんで帰ってくれました!
さてさて、活動再開。
2011年10月6日木曜日
やっとかよ!
というのも俺の家の近所に住む副マネージャーの末っ子。
その名もオバマ。
んもぉーめっちゃかわいいすぎる彼。
いつも大好きなお母さんをおっかけ、学校まで走ってきたり、寒い空気が漂うミーティング中にきゃっきゃ言いながら入ってきたり、俺の家まで来て、お菓子をねだったり。
赴任当初はこのオバマがかわいすぎて、オバマを見かけたらほぼ100%の確率で遊んでた、俺の癒し。
ところがある時を境にオバマが俺を見かけると逃げ出すようになる。
オバマが逃げ出すのを見る俺は「さては遊んでほしいんやな!!」と更に追いかけるも、しまいに泣きだす。
なんでやオバマ!
それからというものの、オバマに近寄ることもできない俺は寂しい任地での生活を送ってた。
オバマを見つける。→俺追っかける。→オバマ逃げる。→俺更に追っかける→オバマ泣きだす→俺しゅんとなる。
こんな感じでした。
ある日、お母さんに抱きかかえられてるオバマに懲りず声をかけた。
案の上、泣きだすオバマをあやすお母さんがなんでそんなに俺を怖がるのか聞いてくれた。
するとびっくり「俺がオバマを叩いた」って言う完全に見覚えのない容疑をかけられてた。
しかし完全にそう思い込んでるオバマにとっては俺は怖い存在でしかないことは事実。
その日から俺はオバマの信頼を取り戻すために学校からパクってきたボールで遊ばしたり、お菓子攻撃で攻め続ける。
そしてとうとうこの日がやってきた。
つい昨日の話。
何の気なしに俺の家に来たオバマを抱きかかる。
オバマ、全く怖がってない!!
やったぞー!!
あまりに嬉しすぎた俺はオバマにいつも以上にお菓子をあげてると、「ましゃるー」ってオバマが俺を呼ぶおまけ付き。
俺の名前覚えてくれたんかー!!
あまりに嬉しすぎて、その日はいつも以上にオバマを遊びました。
2011年9月27日火曜日
はーふ あんど はーふ
またまた前回ブログからだいぶ期間が空いてもうた。
・ザンビア任国外旅行満喫
・大学の先生のケニア訪問
・KETESふれあい祭り
・21年度2次隊クワヘリ
・サッカーワールドカップ in KENYA
・ゲタスルボーイのトランスファー
などなどイベント盛りだくさんでお届けしました。
全部楽しかった!
以上。
雑か!!
ということで、今日、21−2をドミで見送りました。
あまり深く関われた人は少なかったですが寂しいものです。
21−2というと大学の同期がいる隊次でもある。
2年前に関空であいつらを見送ってからもう2年経つのか。
時間が過ぎるのって本間はやい。
2年間、本間にお疲れさんでした。
帰ったらとりあえず日本を満喫して、さらなる活躍を期待してます!
ということは自分も残す半年っていうことになるんやな。
ある程度の区切りがくると毎回振り返るがこの1年半、自分はどれだけ大きくなれたのか。
ただ年食っただけなのか。
気になるところ。
ただこれまで本間に雑念エンターテイメントな時間が多々あったと記憶してる。
残りの任期は自分のやりたいこと、できることにしっかり集中していきたい。
帰りたい気持ち半分、まだまだケニアにおりたい気持ち半分。
今週、ゲタスルボーイのトランスファーが完全に終われば、残すは2ラウンド。
2011年8月26日金曜日
ざわわ、ざわわ
ブログから遠のいて、久しく。
8月の頭には隊員総会(ケニアのボランティアが一同介して、行う催し)
その後、ケニアで有名なケニア山(4泊5日で)登山。
8月もイベント(主に自分の旅行がメイン)目白押し。
そんなケニアの8月はいわゆる夏休みに入り、学校の生徒や学校に配属されているボランティアはみんな夏休みを満喫する。
とは言うものの、ゲタスル更生学校に休みなどあるわけもなく、いつもと変わらない日常でここにはある。
ということで休みをもらうも休み明けはしっかりと授業がある。
ここゲタスルに休みはないというものの、ジョロゲ(授業担当教諭)は研修のため、8月、丸々いない。
なので今は日本人の俺一人だけで授業を回す。
これはチャンスだとばかりに好きなことをする俺。
といっても遊んでるわけではない。
これまでやろうやろうと思っててできへんかったことをやる。
・タコあげ(一部にオオウケ、一部はタコをずるずるひこずっただけ。笑)
・『それが大事』by大事MANブラザース を歌わす。(自分で歌わしてる癖に、自分で感動する。)
・低学年向けの読み書きの授業
そんなこんなで充実した日々であった。
それで、今日は久しぶりに体育でもやろうかと子供らをグランドにつれて行った。
一応、体育なので授業っちゅう感じで行ったが、子供らは全然そんな気一切なし。笑
「俺道具取りに行くから、ほんなら先、グランド行って待っとけよー」って子供らに言う。
ほんでグランドに行って見ると、ほぼ全員の子供らが落ちてるMiwa(サトウキビ)を食ってる。
正確に言うとサトウキビみたいな形をしたMahindi(とうもろこしの茎)を食ってる。
なので甘くはない。
まぁ腹減ってるからしゃあないかとぼちぼち子供らを集合させる。
そんでから名簿を読み上げ、点呼をとる。
「ラジャブ!」
「ムワンギ!」
「ケネディー!」
「むしゃむしゃ・・・」
「オチエン!」
「モハメッド!」
「むしゃむしゃ・・・」
「カランジャ!」
「むしゃむしゃ・・むしゃ・・・」
うおぉぉーい!!おまえら食いすぎや!!
授業やから食うんやめろ!!
授業が終わったら食え!
ってな感じのやり取り。
そして点呼後。
いつも通り、「じゃあグランド2周やぞー!」と声かけるも、みんなだるそうに地べたに寝そべって、ひたすら食べる。
「コラコラ、ええ加減にせんかい。
授業終わったら食べれるんやから今はほっとかんかい。」
と刻一刻と授業の終わりの時間に近付く。
そんなのおかまいなく、食べることに夢中な生徒らはぼちぼち走り始める。
「おっしゃ、それでええんやがな、歩くなよー、頑張って走れよー!」
そんなやり取りもつかの間、走るふりをして、その勢いでまた新しいサトウキビを取りに行く生徒。
しかもほぼ全員。
それを見た俺はもう我慢の限界。
「おっしゃ、わかった!!おまえらそんなに食いたいんやったら、腹いっぱい食うとけ!!もう今日の体育はなしじゃ!」
とぶち切れる。
そのぶち切れた勢いで、家にたばこ吸いに帰ろうとする、俺。
そして、そこで何人かの生徒が俺のとこに走って寄ってくる。
子供「先生!もどってきて!あいつらにちゃんと体育するように言うから!」
俺「知るか!もう今日はやらん!腹いっぱいくとけや!好きにせえ!!」
(内心、生徒が駆け寄ってきてくれて、ちょっと嬉しい。)
子供「先生!頼む!ほら!あいつらちゃんと走ってるやん!」
俺「もう遅い!俺がせえ言うた時にせんかったやろ!今日はもう知らん!」
俺はそのまま、家に戻り、一服。
あ〜俺、大人げないな〜、そら腹減ってて、目の前に食い物あったら食べるよな〜と思いつつ、高校の野球部の監督を思い出す。
そう言えばこんなんやったな。
監督にぶち切れられて、グランドから去ろうとする監督を引きとめる。
そんなことを思い出した後、一応、グランドに子供らだけをおいて帰るのはまずいなと思い、グランドに戻る。
すると、子供らが食いながらやけどもちゃんと走ってる。
「おっ」となる俺。
ただ残念なことに時間が迫り、結局、体育はせんまま、今日は終わった。
世間は夏休みといえど、ここゲタスルに平和が訪れることはあるのだろうか。笑
しかしこの授業後の教室掃除がいつもよりやけに手際よく行われていたのは言うまでもない。
8月の頭には隊員総会(ケニアのボランティアが一同介して、行う催し)
その後、ケニアで有名なケニア山(4泊5日で)登山。
8月もイベント(主に自分の旅行がメイン)目白押し。
そんなケニアの8月はいわゆる夏休みに入り、学校の生徒や学校に配属されているボランティアはみんな夏休みを満喫する。
とは言うものの、ゲタスル更生学校に休みなどあるわけもなく、いつもと変わらない日常でここにはある。
ということで休みをもらうも休み明けはしっかりと授業がある。
ここゲタスルに休みはないというものの、ジョロゲ(授業担当教諭)は研修のため、8月、丸々いない。
なので今は日本人の俺一人だけで授業を回す。
これはチャンスだとばかりに好きなことをする俺。
といっても遊んでるわけではない。
これまでやろうやろうと思っててできへんかったことをやる。
・タコあげ(一部にオオウケ、一部はタコをずるずるひこずっただけ。笑)
・『それが大事』by大事MANブラザース を歌わす。(自分で歌わしてる癖に、自分で感動する。)
・低学年向けの読み書きの授業
そんなこんなで充実した日々であった。
それで、今日は久しぶりに体育でもやろうかと子供らをグランドにつれて行った。
一応、体育なので授業っちゅう感じで行ったが、子供らは全然そんな気一切なし。笑
「俺道具取りに行くから、ほんなら先、グランド行って待っとけよー」って子供らに言う。
ほんでグランドに行って見ると、ほぼ全員の子供らが落ちてるMiwa(サトウキビ)を食ってる。
正確に言うとサトウキビみたいな形をしたMahindi(とうもろこしの茎)を食ってる。
なので甘くはない。
まぁ腹減ってるからしゃあないかとぼちぼち子供らを集合させる。
そんでから名簿を読み上げ、点呼をとる。
「ラジャブ!」
「ムワンギ!」
「ケネディー!」
「むしゃむしゃ・・・」
「オチエン!」
「モハメッド!」
「むしゃむしゃ・・・」
「カランジャ!」
「むしゃむしゃ・・むしゃ・・・」
うおぉぉーい!!おまえら食いすぎや!!
授業やから食うんやめろ!!
授業が終わったら食え!
ってな感じのやり取り。
そして点呼後。
いつも通り、「じゃあグランド2周やぞー!」と声かけるも、みんなだるそうに地べたに寝そべって、ひたすら食べる。
「コラコラ、ええ加減にせんかい。
授業終わったら食べれるんやから今はほっとかんかい。」
と刻一刻と授業の終わりの時間に近付く。
そんなのおかまいなく、食べることに夢中な生徒らはぼちぼち走り始める。
「おっしゃ、それでええんやがな、歩くなよー、頑張って走れよー!」
そんなやり取りもつかの間、走るふりをして、その勢いでまた新しいサトウキビを取りに行く生徒。
しかもほぼ全員。
それを見た俺はもう我慢の限界。
「おっしゃ、わかった!!おまえらそんなに食いたいんやったら、腹いっぱい食うとけ!!もう今日の体育はなしじゃ!」
とぶち切れる。
そのぶち切れた勢いで、家にたばこ吸いに帰ろうとする、俺。
そして、そこで何人かの生徒が俺のとこに走って寄ってくる。
子供「先生!もどってきて!あいつらにちゃんと体育するように言うから!」
俺「知るか!もう今日はやらん!腹いっぱいくとけや!好きにせえ!!」
(内心、生徒が駆け寄ってきてくれて、ちょっと嬉しい。)
子供「先生!頼む!ほら!あいつらちゃんと走ってるやん!」
俺「もう遅い!俺がせえ言うた時にせんかったやろ!今日はもう知らん!」
俺はそのまま、家に戻り、一服。
あ〜俺、大人げないな〜、そら腹減ってて、目の前に食い物あったら食べるよな〜と思いつつ、高校の野球部の監督を思い出す。
そう言えばこんなんやったな。
監督にぶち切れられて、グランドから去ろうとする監督を引きとめる。
そんなことを思い出した後、一応、グランドに子供らだけをおいて帰るのはまずいなと思い、グランドに戻る。
すると、子供らが食いながらやけどもちゃんと走ってる。
「おっ」となる俺。
ただ残念なことに時間が迫り、結局、体育はせんまま、今日は終わった。
世間は夏休みといえど、ここゲタスルに平和が訪れることはあるのだろうか。笑
しかしこの授業後の教室掃除がいつもよりやけに手際よく行われていたのは言うまでもない。
2011年8月5日金曜日
チョコラー
っていうのはスワヒリ語で「ストリートチルドレン」のことを意味するらしい。
あまり良い意味では使われてません。
正確に言うと、チョコラー自体は「拾う」という意味なのだが。
日本人の監督がケニアの有名な都市の一つであるティカのスラムで撮影した映画「チョコラ」もこれから来ています。
確か。http://www.chokora.jp/
ちなみにこの映画に出ている子供が自分が活動している学校にいたことも。
直接の面識はありませんが。
ということでこの「チョコラー」。
うちの学校にはこのストリート上がりの子供がいっぱいいます。
なんせそういった子供らを保護している政府の施設なので。
彼らがストリートにでることになった背景は様々。
親を亡くして、身よりがない者。
親とケンカして、家出した者。
学校が嫌で逃げ出した者。
本間色々。
日本では考えられへん。
でもこう見ると本間国がちゃんと子供をケアしてるなって感心する。
彼らのストリート生活は本間に凄まじい。
10代の子供らがストリートでいわばサバイバルをしているわけや。
で、そのストリート上がりの彼らが見せる行動が顕著に見えた一日やった。
昼食後の点呼の時。
子供らが点呼のためにボチボチ集まっている時。
そこに2人の生徒が点呼で集まる他の生徒らの前を通り、熟れすぎて腐ったアボガド約10個を捨てるために焼却場へと運んでいた。
(前にも書いたがこのアボガドは結構問題になっている。)
その瞬間、それを見た、約50名の子供らがそのアボガド目がけて、猛ダッシュ。
とっさに「それは腐っているから食うな!」って言いに行ったものの、目がアボガド一色になって、猛ダッシュする約50人の子供を止めれるわけもなく、彼らは我が我がとアボガドを奪い合う。
アボガドがぐちゃぐちゃになって、手がべちゃべちゃになってる。
ほぼ液体になって地面に落ちているアボガドを舐めるようにして食べる子供らも。
本間、一瞬の出来事やったけども、正直ちょっとビビった。
これが初めての出来事ではなく、むしろ日常の出来事ではある。
この時、同僚の先生らはめちゃめちゃ怒ってた。
「おまえらここに来てもまだそんなことするんか!ここはストリートじゃないぞ!」って感じで。
ただ俺は真っ向と彼らを怒ることができんかった。
日本的にいえば彼らの行動は「やらしい」が適切だろうか。
(これは関西だけの表現か?)
ただケニアにはそんな環境で育ってきたこいつらみたいなやつがおる。
そうせざるをえないやつらがほとんどやったやろう。
体に染みついてるんやろうやと思う。
あのアボガドに向けて走る勢いを見ると。
う〜ん。難しいな。
あまり良い意味では使われてません。
正確に言うと、チョコラー自体は「拾う」という意味なのだが。
日本人の監督がケニアの有名な都市の一つであるティカのスラムで撮影した映画「チョコラ」もこれから来ています。
確か。http://www.chokora.jp/
ちなみにこの映画に出ている子供が自分が活動している学校にいたことも。
直接の面識はありませんが。
ということでこの「チョコラー」。
うちの学校にはこのストリート上がりの子供がいっぱいいます。
なんせそういった子供らを保護している政府の施設なので。
彼らがストリートにでることになった背景は様々。
親を亡くして、身よりがない者。
親とケンカして、家出した者。
学校が嫌で逃げ出した者。
本間色々。
日本では考えられへん。
でもこう見ると本間国がちゃんと子供をケアしてるなって感心する。
彼らのストリート生活は本間に凄まじい。
10代の子供らがストリートでいわばサバイバルをしているわけや。
で、そのストリート上がりの彼らが見せる行動が顕著に見えた一日やった。
昼食後の点呼の時。
子供らが点呼のためにボチボチ集まっている時。
そこに2人の生徒が点呼で集まる他の生徒らの前を通り、熟れすぎて腐ったアボガド約10個を捨てるために焼却場へと運んでいた。
(前にも書いたがこのアボガドは結構問題になっている。)
その瞬間、それを見た、約50名の子供らがそのアボガド目がけて、猛ダッシュ。
とっさに「それは腐っているから食うな!」って言いに行ったものの、目がアボガド一色になって、猛ダッシュする約50人の子供を止めれるわけもなく、彼らは我が我がとアボガドを奪い合う。
アボガドがぐちゃぐちゃになって、手がべちゃべちゃになってる。
ほぼ液体になって地面に落ちているアボガドを舐めるようにして食べる子供らも。
本間、一瞬の出来事やったけども、正直ちょっとビビった。
これが初めての出来事ではなく、むしろ日常の出来事ではある。
この時、同僚の先生らはめちゃめちゃ怒ってた。
「おまえらここに来てもまだそんなことするんか!ここはストリートじゃないぞ!」って感じで。
ただ俺は真っ向と彼らを怒ることができんかった。
日本的にいえば彼らの行動は「やらしい」が適切だろうか。
(これは関西だけの表現か?)
ただケニアにはそんな環境で育ってきたこいつらみたいなやつがおる。
そうせざるをえないやつらがほとんどやったやろう。
体に染みついてるんやろうやと思う。
あのアボガドに向けて走る勢いを見ると。
う〜ん。難しいな。
2011年7月22日金曜日
Kasyioka
っていうのはこないだの書いた、うちの学校の給食のおっちゃん。
赴任したての時は酒の匂いプンプンさせて、子供に怒鳴り散らすわ、どつきまくるわで、隙あらば、学校出てぶらぶらしてた面倒くさいおっさんやと思ってた。
が、しかし最近、このカシオカとかなりのBest Friendっぷり。
年は50歳は軽く超えてて、はたからみたらおじいちゃんクラス。
これは前にも書いたがカシオカの作るギゼリはマジでうまい。
昼にカシオカのギゼリを食べるともう晩飯は手抜きでええかと気が緩んでしまうくらい、個人的にはぜいたくな飯。
ほんで毎日10時になったら俺がチャイを飲み損ねんようにわざわざ俺が授業中の教室まで割って入ってきて、「チャイ準備できたぞ!」と言いに来てくれる。
それから俺が晩飯の野菜買いに行くのめんどくさいなーっていうてたら、「Rafiki yangu!!(My friend)」っていうて、気前よく野菜くれる。
そんなもんやから俺も気よくなって、お返しに10時のチャイの時間にはたまにマンダジ買ってあげる。ナイスgive and take な関係やね。
普段はキボコ(棒)を振りまわして、子供をばしばししばいている姿を見るがカシオカを理解していくにつれて、子供をバシバシ叩く意味もわかってきた。
もちろん子供をボコボコにするのはよくないけどな。笑
多い時には120人近く、いる子供らの朝、昼、夜、3食の飯の世話をして、なおかつ仕事さぼるその他の同僚がいなくてもたった一人で食事の時間、元気なガキンチョらを制圧してる。笑
(ちなみに食事の時間はちょっと目を離すと子供らは荒れたい放題になる。)
そんなカシオカを見てると俺もちょっと手伝おうと、最近、よくカシオカの職場、キッチンに出入りしている。
手伝うっても別に飯作るわけではない。
ただ子供らがいらんこと(盗み食い)して、カシオカに怒られるのを防いでいるだけ。
カシオカの仕事を増やすなと。そして食べるなら、ばれんように食べろと。この下手くそが!
俺やったら、もっとこっそり食べるわ!
違うか。そんな話じゃないか。
とまぁそんな素敵なおじいちゃん。
こないだも言うたけど、日本に帰って間違いなく、恋しくなるものはカシオカが作ったギゼリが暫定、ダントツの一位。
赴任したての時は酒の匂いプンプンさせて、子供に怒鳴り散らすわ、どつきまくるわで、隙あらば、学校出てぶらぶらしてた面倒くさいおっさんやと思ってた。
が、しかし最近、このカシオカとかなりのBest Friendっぷり。
年は50歳は軽く超えてて、はたからみたらおじいちゃんクラス。
これは前にも書いたがカシオカの作るギゼリはマジでうまい。
昼にカシオカのギゼリを食べるともう晩飯は手抜きでええかと気が緩んでしまうくらい、個人的にはぜいたくな飯。
ほんで毎日10時になったら俺がチャイを飲み損ねんようにわざわざ俺が授業中の教室まで割って入ってきて、「チャイ準備できたぞ!」と言いに来てくれる。
それから俺が晩飯の野菜買いに行くのめんどくさいなーっていうてたら、「Rafiki yangu!!(My friend)」っていうて、気前よく野菜くれる。
そんなもんやから俺も気よくなって、お返しに10時のチャイの時間にはたまにマンダジ買ってあげる。ナイスgive and take な関係やね。
普段はキボコ(棒)を振りまわして、子供をばしばししばいている姿を見るがカシオカを理解していくにつれて、子供をバシバシ叩く意味もわかってきた。
もちろん子供をボコボコにするのはよくないけどな。笑
多い時には120人近く、いる子供らの朝、昼、夜、3食の飯の世話をして、なおかつ仕事さぼるその他の同僚がいなくてもたった一人で食事の時間、元気なガキンチョらを制圧してる。笑
(ちなみに食事の時間はちょっと目を離すと子供らは荒れたい放題になる。)
そんなカシオカを見てると俺もちょっと手伝おうと、最近、よくカシオカの職場、キッチンに出入りしている。
手伝うっても別に飯作るわけではない。
ただ子供らがいらんこと(盗み食い)して、カシオカに怒られるのを防いでいるだけ。
カシオカの仕事を増やすなと。そして食べるなら、ばれんように食べろと。この下手くそが!
俺やったら、もっとこっそり食べるわ!
違うか。そんな話じゃないか。
とまぁそんな素敵なおじいちゃん。
こないだも言うたけど、日本に帰って間違いなく、恋しくなるものはカシオカが作ったギゼリが暫定、ダントツの一位。
2011年7月16日土曜日
親、大人たちよ
1年と3カ月が過ぎ、活動言語のスワヒリ語も本格的に慣れだして、子供が言うことはほとんど掴めるようになってきた。
(ただ英語とスワヒリ語を混ぜられるとまだまだダメ。)
そんなことに気付きだすと嬉しくなってくるもんやから大人・子供ともめっちゃしゃべりたくなる。
そうして夕方の遊びの時間になると、子供一人一人と話すようにしている。
本間どうでもいいから結構シリアスな話まで。
ほんでその会話の中で自分の中でよくひっかかることがある。
それは彼らがここへ連れて来られた理由。
窃盗・当校拒否が大部分を占めて、少数派はドラッグ・暴漢などなど。
ほんでまぁここで文字にして書いてみると相当な悪ガキが集まってるとこやなっちゅう印象を受ける。
事実、俺もここケニアに来る前にもらったうちの施設の概要の紙きれ一枚読んだ時、そんなことを思ったし、ちょっとびびった。
ただ実際、ここで子供らと関わってると全くそんなことはないと思う。
日本で子供らと関わった経験が豊富ではないのでうまいこと表現できるか、というか比較する対象の情報が薄いっちゅうか、わからんけど日本の子供らとなんら変わりない。
至って、普通の子供。
もちろん彼らがしたことは悪いこと。
学校いかんのも、人の物盗るのも。
誰かがそれを教えたらなあかん。
その責任は大人にあると思う。
ただ親にしても、教師にしても、その他彼らを取り巻く大人たちがその責任を人に押し付けている感を受けてたまらない。
ここが俺のひっかかってるとこ。
もちろんほとんど子供から聞いた話なので、おそらく話を盛ったり、事実とは違うことを言ってるかもしれない。
ただ耳を疑うような理由で連れて来られている子供らがあまりにも多い。
・母親に家事を手伝ってと頼まれて、拒んだら警察につれていかれた。
・おばさんの携帯を盗もうとしたところ、見つかって、警察につれていかれた。
・朝起きるのが辛くて、学校にいくことを拒んだら、警察が家に来て連れて行かれた。
「えっそんだけ!?」
と何回、子供らに突っ込んだことか。
全然普通の子供やん。
なんやったら子供はこうでないとって感じるとこもある。
同じことを繰り返すがあくまでこれは子供の口から聞いた話なので、どこまで本当かわからない。
ただ仮にこれが本当であればもうちょい親・大人が頑張れよと思ってまう。
そして、たったこれだけの理由で1〜3年の間、子供らは更生学校という狭い社会に閉じ込められることになる。
この話についてはまた今度続きを書こうと思う。
おそらくだいぶ長くなるはず。
(ただ英語とスワヒリ語を混ぜられるとまだまだダメ。)
そんなことに気付きだすと嬉しくなってくるもんやから大人・子供ともめっちゃしゃべりたくなる。
そうして夕方の遊びの時間になると、子供一人一人と話すようにしている。
本間どうでもいいから結構シリアスな話まで。
ほんでその会話の中で自分の中でよくひっかかることがある。
それは彼らがここへ連れて来られた理由。
窃盗・当校拒否が大部分を占めて、少数派はドラッグ・暴漢などなど。
ほんでまぁここで文字にして書いてみると相当な悪ガキが集まってるとこやなっちゅう印象を受ける。
事実、俺もここケニアに来る前にもらったうちの施設の概要の紙きれ一枚読んだ時、そんなことを思ったし、ちょっとびびった。
ただ実際、ここで子供らと関わってると全くそんなことはないと思う。
日本で子供らと関わった経験が豊富ではないのでうまいこと表現できるか、というか比較する対象の情報が薄いっちゅうか、わからんけど日本の子供らとなんら変わりない。
至って、普通の子供。
もちろん彼らがしたことは悪いこと。
学校いかんのも、人の物盗るのも。
誰かがそれを教えたらなあかん。
その責任は大人にあると思う。
ただ親にしても、教師にしても、その他彼らを取り巻く大人たちがその責任を人に押し付けている感を受けてたまらない。
ここが俺のひっかかってるとこ。
もちろんほとんど子供から聞いた話なので、おそらく話を盛ったり、事実とは違うことを言ってるかもしれない。
ただ耳を疑うような理由で連れて来られている子供らがあまりにも多い。
・母親に家事を手伝ってと頼まれて、拒んだら警察につれていかれた。
・おばさんの携帯を盗もうとしたところ、見つかって、警察につれていかれた。
・朝起きるのが辛くて、学校にいくことを拒んだら、警察が家に来て連れて行かれた。
「えっそんだけ!?」
と何回、子供らに突っ込んだことか。
全然普通の子供やん。
なんやったら子供はこうでないとって感じるとこもある。
同じことを繰り返すがあくまでこれは子供の口から聞いた話なので、どこまで本当かわからない。
ただ仮にこれが本当であればもうちょい親・大人が頑張れよと思ってまう。
そして、たったこれだけの理由で1〜3年の間、子供らは更生学校という狭い社会に閉じ込められることになる。
この話についてはまた今度続きを書こうと思う。
おそらくだいぶ長くなるはず。
2011年7月14日木曜日
アボガド戦争
ここゲタスル更生学校には学校のど真ん中にアボガドの木が生えてる。
アボガドがある程度熟れると、天からの恵みごとく、木からアボガドが落ちてくる。
それを見た生徒らは我が先にとその落ちたアボガドに向けて、猛ダッシュ。
その勢いを授業に生かしてくれるかと思いつつ、日頃のワンパターンな食事に刺激を与えれるこのアボガドを嬉しそうに食べる子供を見ると、なんとも微笑ましい限り。
っちゅうことで子供らは時に、このアボガドに対して、必死になる。
木に向かって、石を投げるやつ。
木に登ろうとするやつ。
どっから持ってきたかようわからん、長い棒をブンブン振りまわすやつ。
先に書いたが、このアボガド、たまに俺も食べるがめっちゃうまい。
うちの名コック(その名もカシオカ)が作った俺の大好物のギゼリに、カチュンバリ(トマトとピリピリ、パクチ-などを混ぜたもの)を少し添え、その上にアボガドをたっぷりのせて、塩を一つまみ程度かけた、その日に昼食はたまらなく、うまい。
日本に帰ったら一番最初に恋しくなるケニアのものランキングにぶっちぎり一位にランクインしてるくらい。
それくらいうまい、このアボガド。
子供らが必死になって、取り合うのも理解できる。
しかし、最近このアボガド、子供らのケンカのタネになっているのも一つの事実。
まだ熟れていないアボガドを大事に隠す子供、そのアボガドを盗む子供。
取られたくないからとアボガドをポケットに入れてる子供、なにかと難癖をつけて、そのアボガドを自分のものにしようとする子供。
やっと熟れたアボガドをこっそり食事の時間に食べようとする子供、この様子を見た途端、いきなり彼のベストフレンドに成り上がろうとし、なんとしてもアボガドを分けてもらおうとするもの。
ここゲタスルの生徒はおとなしく、じゃあ分けてあげようかとわ言わない強者たち。
(まぁ子供はそうでしょ。)
が故に始まるケンカ。
おまえのかあちゃんデべそから始まる口喧嘩から手にしているアボガドがぐちゃぐちゃになるほどどつき合う喧嘩まで。
始めのころは俺生徒らが持ってきたアボガドが熟れるまで俺のオフィスにあるカギ付き棚(同僚ですらたまに子供のアボガドをとることがある)に置いていた。
アボガド、一つずつに子供らの名前を書いて、ほな熟れたら取りに来いよと伝えて、熟れたら渡す。
食べる時もみんなの前で食べるなら少しでえから分けてあげや、と。
分けるの嫌やったら隠れて食べろ!
こんな感じで対応してた。
ただ先にも書いたが最近、やたらこのアボガドのせいで生徒らが荒れてる。
一人10個単位でもってくる子供がいれば、棚の中に置ききれず、棚の上に置かれてるアボガドを、俺がオフィスにいない時間を狙って盗みにくるやつらもいる。
こうなればもう俺一人で何とかできるレベルじゃなくなる。
なので今日の会議時に「アボガド」を議題にあげるまで至る始末。笑
結果、落ちているアボガドすべてストールに集めて、それが熟れれば子供ら全員に渡すっちゅう結果になった。
というか後から絶対このケースは初めてじゃないはずやのに、今までうちの同僚らは何をしてたんやと気付く。
明日からアボガドを理由にケンカしてるやつは両成敗じゃ!!
一件落着?
アボガドがある程度熟れると、天からの恵みごとく、木からアボガドが落ちてくる。
それを見た生徒らは我が先にとその落ちたアボガドに向けて、猛ダッシュ。
その勢いを授業に生かしてくれるかと思いつつ、日頃のワンパターンな食事に刺激を与えれるこのアボガドを嬉しそうに食べる子供を見ると、なんとも微笑ましい限り。
っちゅうことで子供らは時に、このアボガドに対して、必死になる。
木に向かって、石を投げるやつ。
木に登ろうとするやつ。
どっから持ってきたかようわからん、長い棒をブンブン振りまわすやつ。
先に書いたが、このアボガド、たまに俺も食べるがめっちゃうまい。
うちの名コック(その名もカシオカ)が作った俺の大好物のギゼリに、カチュンバリ(トマトとピリピリ、パクチ-などを混ぜたもの)を少し添え、その上にアボガドをたっぷりのせて、塩を一つまみ程度かけた、その日に昼食はたまらなく、うまい。
日本に帰ったら一番最初に恋しくなるケニアのものランキングにぶっちぎり一位にランクインしてるくらい。
それくらいうまい、このアボガド。
子供らが必死になって、取り合うのも理解できる。
しかし、最近このアボガド、子供らのケンカのタネになっているのも一つの事実。
まだ熟れていないアボガドを大事に隠す子供、そのアボガドを盗む子供。
取られたくないからとアボガドをポケットに入れてる子供、なにかと難癖をつけて、そのアボガドを自分のものにしようとする子供。
やっと熟れたアボガドをこっそり食事の時間に食べようとする子供、この様子を見た途端、いきなり彼のベストフレンドに成り上がろうとし、なんとしてもアボガドを分けてもらおうとするもの。
ここゲタスルの生徒はおとなしく、じゃあ分けてあげようかとわ言わない強者たち。
(まぁ子供はそうでしょ。)
が故に始まるケンカ。
おまえのかあちゃんデべそから始まる口喧嘩から手にしているアボガドがぐちゃぐちゃになるほどどつき合う喧嘩まで。
始めのころは俺生徒らが持ってきたアボガドが熟れるまで俺のオフィスにあるカギ付き棚(同僚ですらたまに子供のアボガドをとることがある)に置いていた。
アボガド、一つずつに子供らの名前を書いて、ほな熟れたら取りに来いよと伝えて、熟れたら渡す。
食べる時もみんなの前で食べるなら少しでえから分けてあげや、と。
分けるの嫌やったら隠れて食べろ!
こんな感じで対応してた。
ただ先にも書いたが最近、やたらこのアボガドのせいで生徒らが荒れてる。
一人10個単位でもってくる子供がいれば、棚の中に置ききれず、棚の上に置かれてるアボガドを、俺がオフィスにいない時間を狙って盗みにくるやつらもいる。
こうなればもう俺一人で何とかできるレベルじゃなくなる。
なので今日の会議時に「アボガド」を議題にあげるまで至る始末。笑
結果、落ちているアボガドすべてストールに集めて、それが熟れれば子供ら全員に渡すっちゅう結果になった。
というか後から絶対このケースは初めてじゃないはずやのに、今までうちの同僚らは何をしてたんやと気付く。
明日からアボガドを理由にケンカしてるやつは両成敗じゃ!!
一件落着?
2011年6月17日金曜日
The Day of African Child
ということで本日、6月16日はアフリカの子供の日。
ということを俺は昨日の時点で知る。
えらいこっちゃ子供らになんも準備してないと気付きつつ、果たして同僚らもそれに気付いているのかと今日の朝出勤。
案の定、「えっそうなん?」というリアクション。
俺らAfrican Childにがっつり関わってる職員として、最低やなってなる。
ほんでじゃあ今日は祝日なのかって聞くとどうやらそうでもないらしい。
なので子供らの日常の仕事と授業を続けることになる。
朝の集会の時点でその旨を伝えると子供らから大ブーイング。笑
そらそうですもん。今日はあなた達の日なんですから。
ほんでじゃあ今日は子供らは肉食べれるのかな?ソーダ飲めるのかな?と同僚に聞くと、「ボスがいないから、ないやろ」の一言。
おーーい!
とか言う俺も完全に忘れてたので何も言えず。
そんなこんなでいつも通り続ける授業。
じゃあせっかくなのでっていうことで授業の1コマを使って、昨日たまたま調べた、The Day of African Childについて語る。
この日の起源は1970年代の南ア。
当時、南アの子供らは政府や学校の職員に対して、教育の質の向上と彼らのmother tongue(詳細わからず)を学校で適切に教えられることを訴えていた。
この時、彼らがどんな教育を受けていたのか定かではないがわずか10代の少年・少女が政府や学校の先生に対して、抗議を行っていたことから相当な劣悪なものであったと推測する。
そして1976年6月16日。南アの地方都市で児童・生徒らを主としたデモ行進が始まる。
彼らのデモ行進が果たして平和的なものであったのか定かではない。
しかし彼らを取り巻く、警官隊やセキュリティーガードマンらが彼を鎮圧するため、100名以上の死者、1000名近くの負傷者を出す結果となる。
おそらくほとんどが10代の子供たちであったであろう。
そして約20年ほど前に現アフリカ連合によって、当時、教育の改善を訴えて亡くなった犠牲者と彼らの功績を称える意味で、The Day of African Childが成り立った。
すべての子供達に教育を受ける権利がある。
それが彼らの将来を耕すものになるから。
それが彼らの表現の幅を増やすから。
それが彼らの人生を豊かにするから。
そんなことを確認した一日。
ほんで、ごめんなゲタスルの生徒達よ。
ということを俺は昨日の時点で知る。
えらいこっちゃ子供らになんも準備してないと気付きつつ、果たして同僚らもそれに気付いているのかと今日の朝出勤。
案の定、「えっそうなん?」というリアクション。
俺らAfrican Childにがっつり関わってる職員として、最低やなってなる。
ほんでじゃあ今日は祝日なのかって聞くとどうやらそうでもないらしい。
なので子供らの日常の仕事と授業を続けることになる。
朝の集会の時点でその旨を伝えると子供らから大ブーイング。笑
そらそうですもん。今日はあなた達の日なんですから。
ほんでじゃあ今日は子供らは肉食べれるのかな?ソーダ飲めるのかな?と同僚に聞くと、「ボスがいないから、ないやろ」の一言。
おーーい!
とか言う俺も完全に忘れてたので何も言えず。
そんなこんなでいつも通り続ける授業。
じゃあせっかくなのでっていうことで授業の1コマを使って、昨日たまたま調べた、The Day of African Childについて語る。
この日の起源は1970年代の南ア。
当時、南アの子供らは政府や学校の職員に対して、教育の質の向上と彼らのmother tongue(詳細わからず)を学校で適切に教えられることを訴えていた。
この時、彼らがどんな教育を受けていたのか定かではないがわずか10代の少年・少女が政府や学校の先生に対して、抗議を行っていたことから相当な劣悪なものであったと推測する。
そして1976年6月16日。南アの地方都市で児童・生徒らを主としたデモ行進が始まる。
彼らのデモ行進が果たして平和的なものであったのか定かではない。
しかし彼らを取り巻く、警官隊やセキュリティーガードマンらが彼を鎮圧するため、100名以上の死者、1000名近くの負傷者を出す結果となる。
おそらくほとんどが10代の子供たちであったであろう。
そして約20年ほど前に現アフリカ連合によって、当時、教育の改善を訴えて亡くなった犠牲者と彼らの功績を称える意味で、The Day of African Childが成り立った。
すべての子供達に教育を受ける権利がある。
それが彼らの将来を耕すものになるから。
それが彼らの表現の幅を増やすから。
それが彼らの人生を豊かにするから。
そんなことを確認した一日。
ほんで、ごめんなゲタスルの生徒達よ。
2011年6月14日火曜日
すてき授業
先週末は素敵なイベントが続いた。
朝まで覚えたての徹マン(チョンボ4回やる)
ドミでBBQ(遅れて、残りもん食べる)
ワールド・カップ(16カ国のチームが集まったチャリティーサッカーイベント)
おかげで朝一番でドミから任地に戻ることになり、眠気眼ながら出勤した今日の朝。
今は子供らもテストが終わり、あとはトランスファー(他更生学校へ移送)の日を待つのみ。
せやけど授業はいつも通り続ける(ようにしてる。笑)
というのも毎回、テストが終わると教員・生徒ともに授業をやる雰囲気ではない。
その理由は以下にある。
・約1~2週間ほどテスト週間のため、授業が完全になくなる。(生徒らもここゲタスルの変則的な授業習慣を忘れる。ただ日本でもテスト後の授業って、「山場を乗り越えた」感が生じて、どこか集中しない気がある。それと同じようなものを感じる。)
・教員(といっても俺とジョロゲ)ですら若干、あと1〜2週間で移送される子供らに何を教えるんだというような空気が流れる。且つジョロゲに至っては普段の仕事量に比べて、テスト期間は半端ない仕事量をこなす(といっても日本基準ではおそらく並程度)、故に彼はそれなりの達成感を感じる+身体になんらかの異常(頭痛・腹痛・風邪・採点作業による腱鞘炎)をきたすため、テスト後には多大なる影響を授業に及ぼす。
つまり、彼は適当な授業する、最悪、授業やらない。
ただそんなこんないうてもClass goes on。
俺ももっかい気引き締めて。ジョロゲはほっといて。
ただこの時期は1クラスが50人になる日もあれば、マヒンディ(トウモロコシ)の収穫やということでいきなり授業の代わりにマヒンディの畑仕事に切り替わったりする。
加えて、生徒らのトランスファーの日は本部(更生学校を管轄している省庁)から移送作業の予算が下り次第、始まるため、彼らがいつ学校を出ていくのかマネージャーですら全く読めない。
1週間で予算が降りる時もあれば、1カ月以上待たされる時もあった。なので週をまたぐような授業は行えない。
つまりは計画通りにものが進まないということ。
であるからして、できるだけ1日で完結できるような授業が望ましい。
ということで気付けば非常に前置きが長くなったが今日CLASS7&8に日本食紹介をすることにした。
今まで子供らとの雑談の中で、日本文化紹介というようなたいそうなものではないけども日本のことについてなんでも話はしてきたが改めて、「日本文化紹介」ということで授業を行うのは初めて。
自分自身もめちゃめちゃ新鮮ですごいおもろいし、授業なのでいろんなマテリアルを準備して行うため、準備段階ですでにわくわく。
ただマテリアルといっても残念ながら俺自身ここケニアでめったに食えない日本食を子供らにも食わしてやることはできず、教員・生徒ともにフルに想像力を生かして、説明・聴講する。
ただ前日にパソコンにダウンロードした日本食写真を子供らに見せる。
〜かつ丼編〜
俺「これはかつ丼や!ごはんの上にな豚をあげたやつを卵でとじたやつをのっけるんや!めっちゃうまいぞ、これ!」
生徒「コレ、ケニアでも作れるんじゃないの?俺一回やってみよ!」
〜たこ焼き編〜
俺「これはたこ焼きっていうてな、俺のホームタウンの食いもんなんや。ギゼリ(俺の大好きなケニア料理の一つ)ってキクユ(ケニアの代表的な部族の一つ)の伝統料理やろ?あんな感じや!ほんでコレ、作るには特別なフライパンが必要でな、丸い形してるやつでな。」
生徒「知ってる!それ、ケニアでも売ってる!俺ん家にもあるし、それ!」
〜寿司編〜
俺「これは寿司っていうて、ご飯の上に生の魚のせた食いもんや!魚もな日本は島国やから昔からたくさん魚獲れて、種類もいっぱいあるんやぞ!ほんで日本人みんなコレめっちゃすきやぞ!」
生徒「生の魚!?考えられへん。日本人は生の魚食べるん?腹壊すって!」
といった感じで、ここケニアでは生の魚を食べる日本人に対して、驚愕とドン引きする。
何回か日本食の写真(ほぼ俺が食べたいもの)を見せた後に子供らに箸体験をさせた。
そして今日俺が一番驚いたのはこの時やった。
ケニアに売ってるラムネみたいなんを皿と皿に移すっていうのを子供らにさせた。せやけどさすがにちょっと難しいやろうなという気持ちと子供らがぎこちなく箸を使って、ラムネを落としたりというのを想像してた。
ところがどっこい。
子供らは喜んで、キャッキャ言いながらやっとるとこまでは俺の予想通りやったが、ほぼ全員、箸の使い方が様になってる。笑
もちろんたまに落としたり、変な箸の掴み方はするものの、うまいこと使ってた。ちょっと悔しくなって、無駄に皿と皿の距離をあけるも難なくこなす子供ら。
ちょっと予想を覆されて、面白くない俺ではあったが子供らは異国の文化に触れて、楽しそうにしてた。
知らない世界について興味をもって、「へぇ〜」っていいながら、知らない世界について知るってことは本間に素敵なことのような気がする。
それが将来、役にたつ、役にたたないは別にして。
朝まで覚えたての徹マン(チョンボ4回やる)
ドミでBBQ(遅れて、残りもん食べる)
ワールド・カップ(16カ国のチームが集まったチャリティーサッカーイベント)
おかげで朝一番でドミから任地に戻ることになり、眠気眼ながら出勤した今日の朝。
今は子供らもテストが終わり、あとはトランスファー(他更生学校へ移送)の日を待つのみ。
せやけど授業はいつも通り続ける(ようにしてる。笑)
というのも毎回、テストが終わると教員・生徒ともに授業をやる雰囲気ではない。
その理由は以下にある。
・約1~2週間ほどテスト週間のため、授業が完全になくなる。(生徒らもここゲタスルの変則的な授業習慣を忘れる。ただ日本でもテスト後の授業って、「山場を乗り越えた」感が生じて、どこか集中しない気がある。それと同じようなものを感じる。)
・教員(といっても俺とジョロゲ)ですら若干、あと1〜2週間で移送される子供らに何を教えるんだというような空気が流れる。且つジョロゲに至っては普段の仕事量に比べて、テスト期間は半端ない仕事量をこなす(といっても日本基準ではおそらく並程度)、故に彼はそれなりの達成感を感じる+身体になんらかの異常(頭痛・腹痛・風邪・採点作業による腱鞘炎)をきたすため、テスト後には多大なる影響を授業に及ぼす。
つまり、彼は適当な授業する、最悪、授業やらない。
ただそんなこんないうてもClass goes on。
俺ももっかい気引き締めて。ジョロゲはほっといて。
ただこの時期は1クラスが50人になる日もあれば、マヒンディ(トウモロコシ)の収穫やということでいきなり授業の代わりにマヒンディの畑仕事に切り替わったりする。
加えて、生徒らのトランスファーの日は本部(更生学校を管轄している省庁)から移送作業の予算が下り次第、始まるため、彼らがいつ学校を出ていくのかマネージャーですら全く読めない。
1週間で予算が降りる時もあれば、1カ月以上待たされる時もあった。なので週をまたぐような授業は行えない。
つまりは計画通りにものが進まないということ。
であるからして、できるだけ1日で完結できるような授業が望ましい。
ということで気付けば非常に前置きが長くなったが今日CLASS7&8に日本食紹介をすることにした。
今まで子供らとの雑談の中で、日本文化紹介というようなたいそうなものではないけども日本のことについてなんでも話はしてきたが改めて、「日本文化紹介」ということで授業を行うのは初めて。
自分自身もめちゃめちゃ新鮮ですごいおもろいし、授業なのでいろんなマテリアルを準備して行うため、準備段階ですでにわくわく。
ただマテリアルといっても残念ながら俺自身ここケニアでめったに食えない日本食を子供らにも食わしてやることはできず、教員・生徒ともにフルに想像力を生かして、説明・聴講する。
ただ前日にパソコンにダウンロードした日本食写真を子供らに見せる。
〜かつ丼編〜
俺「これはかつ丼や!ごはんの上にな豚をあげたやつを卵でとじたやつをのっけるんや!めっちゃうまいぞ、これ!」
生徒「コレ、ケニアでも作れるんじゃないの?俺一回やってみよ!」
〜たこ焼き編〜
俺「これはたこ焼きっていうてな、俺のホームタウンの食いもんなんや。ギゼリ(俺の大好きなケニア料理の一つ)ってキクユ(ケニアの代表的な部族の一つ)の伝統料理やろ?あんな感じや!ほんでコレ、作るには特別なフライパンが必要でな、丸い形してるやつでな。」
生徒「知ってる!それ、ケニアでも売ってる!俺ん家にもあるし、それ!」
〜寿司編〜
俺「これは寿司っていうて、ご飯の上に生の魚のせた食いもんや!魚もな日本は島国やから昔からたくさん魚獲れて、種類もいっぱいあるんやぞ!ほんで日本人みんなコレめっちゃすきやぞ!」
生徒「生の魚!?考えられへん。日本人は生の魚食べるん?腹壊すって!」
といった感じで、ここケニアでは生の魚を食べる日本人に対して、驚愕とドン引きする。
何回か日本食の写真(ほぼ俺が食べたいもの)を見せた後に子供らに箸体験をさせた。
そして今日俺が一番驚いたのはこの時やった。
ケニアに売ってるラムネみたいなんを皿と皿に移すっていうのを子供らにさせた。せやけどさすがにちょっと難しいやろうなという気持ちと子供らがぎこちなく箸を使って、ラムネを落としたりというのを想像してた。
ところがどっこい。
子供らは喜んで、キャッキャ言いながらやっとるとこまでは俺の予想通りやったが、ほぼ全員、箸の使い方が様になってる。笑
もちろんたまに落としたり、変な箸の掴み方はするものの、うまいこと使ってた。ちょっと悔しくなって、無駄に皿と皿の距離をあけるも難なくこなす子供ら。
ちょっと予想を覆されて、面白くない俺ではあったが子供らは異国の文化に触れて、楽しそうにしてた。
知らない世界について興味をもって、「へぇ〜」っていいながら、知らない世界について知るってことは本間に素敵なことのような気がする。
それが将来、役にたつ、役にたたないは別にして。
2011年6月6日月曜日
For my own life
ここケニアで俺自身の人生をより素敵なものをするために新卒のペーペーにも関わらず、青年海外協力隊という素晴らしい制度を使わせてもらい、今まさにケニアにいる。
日本を離れて見えること
受け身な学生時代から能動的な協力隊生活
実家を離れて、海外で一人暮らし
上下関係なく接してくれ、日本・世界でものすごい経験をしてきた同じ協力隊の人たち
ナカダリカ・・・
これらを通じて見えるものが本当に多い。
あまりにも刺激的すぎて、自分に起こったすべての事象を消化しきれず、消化不良を起こすこともしばしば。
自分というしっかりとした「芯」がなければ、いろんなものに振りまわされてしまいそうになることも。
ここケニアで見る・起こる「違い」をおもしろいと見るか、否か。
断固、前者。
自分の目に映るものを否定ばかりして、何になる。
そんな小さな人生にしたくないし、そんな小さな世界をみたくない。
大きな人間になりたい。
そのためにはより多くの物・人と関わり
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で感じる。
最近、そんな自分の人生のテーマを掲げつつある。
なぜ、こんなことを書くのか。
決して、日本の税金を利用して来ているボランティアが活動とは関係ない、「旅行」に精を出すことを肯定しているわけではない。
断じて、そんなことはない。
7月 Mt. Kenya (アフリカ大陸 第2の山 5000m 級)
8月 Kilimanjaro (アフリカ大陸 最高峰 5895m )
登ってきます。
生きて帰ってきます。
最近、日本のおかんから電話がかかってき、最近見た映画の素敵な名言を残してくれた。
「山に捨ててはいけないのはゴミと命」
俺の人生に大きく刻まれることは間違いない。
活動がそっちのけになってしまいそうになるほどわくわく感がとまらない。
日本を離れて見えること
受け身な学生時代から能動的な協力隊生活
実家を離れて、海外で一人暮らし
上下関係なく接してくれ、日本・世界でものすごい経験をしてきた同じ協力隊の人たち
ナカダリカ・・・
これらを通じて見えるものが本当に多い。
あまりにも刺激的すぎて、自分に起こったすべての事象を消化しきれず、消化不良を起こすこともしばしば。
自分というしっかりとした「芯」がなければ、いろんなものに振りまわされてしまいそうになることも。
ここケニアで見る・起こる「違い」をおもしろいと見るか、否か。
断固、前者。
自分の目に映るものを否定ばかりして、何になる。
そんな小さな人生にしたくないし、そんな小さな世界をみたくない。
大きな人間になりたい。
そのためにはより多くの物・人と関わり
自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分の肌で感じる。
最近、そんな自分の人生のテーマを掲げつつある。
なぜ、こんなことを書くのか。
決して、日本の税金を利用して来ているボランティアが活動とは関係ない、「旅行」に精を出すことを肯定しているわけではない。
断じて、そんなことはない。
7月 Mt. Kenya (アフリカ大陸 第2の山 5000m 級)
8月 Kilimanjaro (アフリカ大陸 最高峰 5895m )
登ってきます。
生きて帰ってきます。
最近、日本のおかんから電話がかかってき、最近見た映画の素敵な名言を残してくれた。
「山に捨ててはいけないのはゴミと命」
俺の人生に大きく刻まれることは間違いない。
活動がそっちのけになってしまいそうになるほどわくわく感がとまらない。
2011年6月1日水曜日
Have a nice....
明日はケニアの祝日。
その名もMadaraka Day。
話聞いたらようは「独立記念日」だそう。
子供らは朝にマンダジ(小麦粉練って、揚げたやつ)とチャイ(ミルクティー)を取って、
お昼はチャパティ(小麦粉練って、焼いたもの)を食べれるそう。
お祝いやね。
明日は授業はないけど昼にチャパティでも食べに学校いこう。
今日もまた子供らとサッカーして疲れ切った体のまま、
学校を出るときに同僚にあいさつ。
"Have a nice Holiday!"
いつも英語なんか使わんのに、不意に出た一言。
ええ言葉や。
自分でゆうたくせに、なんか胸にジーンときた。
「ええ祝日を!」
なんなんやろな〜この一言に込められたものは。
相手を思いやった言葉であって
明日休み!っていう期待感も混ざってる。
でもこの言葉は日本にはないな。
なんか日本で明日、休日やとか、祝日やとかなって、
人にこんなんゆわん。
なんか日本って休日・祝日って休息する日。
って感じやもんな。
なんなんやろな〜この言葉に込められたもんは。
気になる〜。
Anyway, Have a nice Holiday!
その名もMadaraka Day。
話聞いたらようは「独立記念日」だそう。
子供らは朝にマンダジ(小麦粉練って、揚げたやつ)とチャイ(ミルクティー)を取って、
お昼はチャパティ(小麦粉練って、焼いたもの)を食べれるそう。
お祝いやね。
明日は授業はないけど昼にチャパティでも食べに学校いこう。
今日もまた子供らとサッカーして疲れ切った体のまま、
学校を出るときに同僚にあいさつ。
"Have a nice Holiday!"
いつも英語なんか使わんのに、不意に出た一言。
ええ言葉や。
自分でゆうたくせに、なんか胸にジーンときた。
「ええ祝日を!」
なんなんやろな〜この一言に込められたものは。
相手を思いやった言葉であって
明日休み!っていう期待感も混ざってる。
でもこの言葉は日本にはないな。
なんか日本で明日、休日やとか、祝日やとかなって、
人にこんなんゆわん。
なんか日本って休日・祝日って休息する日。
って感じやもんな。
なんなんやろな〜この言葉に込められたもんは。
気になる〜。
Anyway, Have a nice Holiday!
2011年5月31日火曜日
ええ顔してる。
足をケガして、3カ月弱。
中途半端に走ったり、サッカーやったりしつつも
久しぶりに子供らとサッカーをした。
おもろすぎる!やっぱ〜ええわ〜スポーツ。
自分もちょっと全然動かれへんくてストレス感じてた。
まぁさすがに全力ってわけにはいけへんかったけども
ぼちぼち慣らしていこ。
さて、最近、自分が一体、子供らに何をしてるか書いた記憶がなかったので少し。
「切り絵」
だいぶ前に自分がてっきり切り絵やと思ってた工作が「ちぎり絵やぞ」ということを同期から指摘され、それもそうだと思い、ほんなら「切り絵」って何?って思い、そんな流れで子供らにやらせた。
さすがCLASS7。
アイディアが素敵すぎる。
カンフーしてる姿を作るやつもおれば
ギター弾いてるのをつくるやつもおる。
他にも、ウサギ、シカ、Just a 模様もある。
一番始めに見本として俺が作った、
どうしようもない人間のシルエットのやつと
どうしようもない模様を見ただけで
そっから自分の想像力を膨らませて、自分の作りたいもん作る。
ええね〜。素で俺よりうまいやんっていうてもうた。
おい、Mwalim(先生)。
でも美術、図工とよばれる類のもんは、想像力が勝負やと思う。
せやからうまいとか下手とかはない。
自分の思いつくものを自分の好きなように表現する。
せやから「先生、俺できへん。」っていうてくるやつらでも
Tryすればそれでよし。
そんときは「ようやった!」って褒めたる。
以上。笑
せやから自分を表現したやつ。
TRYしたやつ。
みんな終わった後はええ顔してる。
中途半端に走ったり、サッカーやったりしつつも
久しぶりに子供らとサッカーをした。
おもろすぎる!やっぱ〜ええわ〜スポーツ。
自分もちょっと全然動かれへんくてストレス感じてた。
まぁさすがに全力ってわけにはいけへんかったけども
ぼちぼち慣らしていこ。
さて、最近、自分が一体、子供らに何をしてるか書いた記憶がなかったので少し。
「切り絵」
だいぶ前に自分がてっきり切り絵やと思ってた工作が「ちぎり絵やぞ」ということを同期から指摘され、それもそうだと思い、ほんなら「切り絵」って何?って思い、そんな流れで子供らにやらせた。
さすがCLASS7。
アイディアが素敵すぎる。
カンフーしてる姿を作るやつもおれば
ギター弾いてるのをつくるやつもおる。
他にも、ウサギ、シカ、Just a 模様もある。
一番始めに見本として俺が作った、
どうしようもない人間のシルエットのやつと
どうしようもない模様を見ただけで
そっから自分の想像力を膨らませて、自分の作りたいもん作る。
ええね〜。素で俺よりうまいやんっていうてもうた。
おい、Mwalim(先生)。
でも美術、図工とよばれる類のもんは、想像力が勝負やと思う。
せやからうまいとか下手とかはない。
自分の思いつくものを自分の好きなように表現する。
せやから「先生、俺できへん。」っていうてくるやつらでも
Tryすればそれでよし。
そんときは「ようやった!」って褒めたる。
以上。笑
せやから自分を表現したやつ。
TRYしたやつ。
みんな終わった後はええ顔してる。
2011年5月26日木曜日
吐きます。
弱音を。
今日のスタッフミーティングで新しく整備された教室の報告と
新しく始める授業の説明を行った。
まぁ一番始めからこの話をした時は否定はされなかったのは事実。
せやけどいまいち自分の言いたいことが伝わらん。
オレはただ子供らの学ぶ機会を一つだけでも増やしたいのに。
なんもすることない子供らにオレが授業するっていうてるだけやのに。
もう同僚と関わるのは疲れる。
あっもちろんええやつもおる。
ジョロゲはオレの授業の提案した時、やたらと拒絶反応示すし。
オレが必死に説明しても、やたらばかにしたような笑いで「疲れることすんなって」っていうし。
マネもマネで、学校のタイムテーブルいじられるのがいやで極力、話を最小限にとどめようとするし。
もう腹立つから話途中でやめた。聞く気ないんやもん。
せやから来週からはとりあえず新しく授業始めれるように無理矢理もっていった。
なんかな〜もうコレ愚痴になってるな。
まぁこの話だけに限ったことではないけども。
オレ本間弱いな〜って思う。
その弱さを人に見せたくないから無理に背伸びする。
自分の目指すところに少しでも近づきたいから自分の心の声を無視する。
そして自分自身を否定する。これは俺じゃないって。
自分の弱さや弱音を人に見せると何か自分の中で止まってしまう気がするから。
せやから基本、人にそれを見せない。
子供の頃からせやったな。
親に向かって弱音吐いたのは高校で野球やってた時の一度だけ。
練習きつくて、監督厳しすぎて、野球がおもろいっていう気持ちを忘れて、やめようとしてた時。
心配させたくないしな。
まぁ結局やめへんかったけど。
自分が今やるべきことを途中でやめるなんて、オレの中では論外。
そこで1度逃げ出してしまうと、もうそこには帰ってこれへん気がする。
ほんで絶対後で後悔するのは見えてるから。
愚痴もそう。愚痴いうとなんか自分の中の何かを壊してる気がして、あんまり好きじゃない。
なんか愚痴るとそれ以上に前に進めへん気がするし、人を愚痴れるほど自分もそんな出来た人間じゃないから、嫌い。
でも今日だけ許してください。
オレ弱音吐きます。
さて、今日はほなら飯食って、寝込まして、
明日になったらまた前向けてるかな。
もっと強い人間になりたいな。
今日のスタッフミーティングで新しく整備された教室の報告と
新しく始める授業の説明を行った。
まぁ一番始めからこの話をした時は否定はされなかったのは事実。
せやけどいまいち自分の言いたいことが伝わらん。
オレはただ子供らの学ぶ機会を一つだけでも増やしたいのに。
なんもすることない子供らにオレが授業するっていうてるだけやのに。
もう同僚と関わるのは疲れる。
あっもちろんええやつもおる。
ジョロゲはオレの授業の提案した時、やたらと拒絶反応示すし。
オレが必死に説明しても、やたらばかにしたような笑いで「疲れることすんなって」っていうし。
マネもマネで、学校のタイムテーブルいじられるのがいやで極力、話を最小限にとどめようとするし。
もう腹立つから話途中でやめた。聞く気ないんやもん。
せやから来週からはとりあえず新しく授業始めれるように無理矢理もっていった。
なんかな〜もうコレ愚痴になってるな。
まぁこの話だけに限ったことではないけども。
オレ本間弱いな〜って思う。
その弱さを人に見せたくないから無理に背伸びする。
自分の目指すところに少しでも近づきたいから自分の心の声を無視する。
そして自分自身を否定する。これは俺じゃないって。
自分の弱さや弱音を人に見せると何か自分の中で止まってしまう気がするから。
せやから基本、人にそれを見せない。
子供の頃からせやったな。
親に向かって弱音吐いたのは高校で野球やってた時の一度だけ。
練習きつくて、監督厳しすぎて、野球がおもろいっていう気持ちを忘れて、やめようとしてた時。
心配させたくないしな。
まぁ結局やめへんかったけど。
自分が今やるべきことを途中でやめるなんて、オレの中では論外。
そこで1度逃げ出してしまうと、もうそこには帰ってこれへん気がする。
ほんで絶対後で後悔するのは見えてるから。
愚痴もそう。愚痴いうとなんか自分の中の何かを壊してる気がして、あんまり好きじゃない。
なんか愚痴るとそれ以上に前に進めへん気がするし、人を愚痴れるほど自分もそんな出来た人間じゃないから、嫌い。
でも今日だけ許してください。
オレ弱音吐きます。
さて、今日はほなら飯食って、寝込まして、
明日になったらまた前向けてるかな。
もっと強い人間になりたいな。
2011年5月20日金曜日
動き出す
というのも着々と企画していた、そして待望していた生徒の学習机がやっと来た。
JICAには本間素敵な制度があり、現地業務支援費と呼ばれるものがある
(いわば活動上、必要なお金を、職場が出せない場合に支給してくれるお金のこと)
3月後半から着々と企んでいた、この学習机の整備。
以前にも書いたがここゲタスル更生学校で現在使われている教室はただ一つのみ。
そして生徒が週に受けれる授業は週に1度。
その他時間は作業したり、ぶらぶらしてる。
主に暇してることが多い。
これはいかんとずっと悩み続けてきた、この現状をなんとかしようと考えたわけ。
本間はJICAのお金を使わずに、机を整備できるのが一番であるけども
そこまでオレの活動に理解を得れていない、且つ、お金がない。
どれくらいお金がないかと言うと、
オレ「マネージャー!新しく使う教室のカギ(300シル[280円ほど])買ってくれ!」
マネ「金ない!待ってくれ!」
っていう感じ。
まぁ実際はそんなわけはあらへんやろと思いますが、でもお金を出すのに渋るってるのは事実。
ということで今回、この新しい机のおかげで期待される効果は簡単に言うと以下の通り。
・生徒の授業−週1が週2になる。
・生徒の暇を持て余す時間が減る。
・配属先へのオレの活動のアピール
・学ぶ機会の必要性を叫ぶ
などなど
残り一年きって、どこまでトライできるかわからんけど確実に前には進んでる気がする。
1つ目と2つ目は来週から始める予定の週2の授業を開始次第、達成できるやろ。
3つ目に関しては、今日、出来立ての学習机を見た同僚が
「やったな!もうお前が仕事ないっていうストレス感じることはなくなるな!」
とオレに言い放つ。
ちょっとちゃうけど、まぁまぁ見ときんシャイ。
よっしゃ、ほな気合い入れていくで。
JICAには本間素敵な制度があり、現地業務支援費と呼ばれるものがある
(いわば活動上、必要なお金を、職場が出せない場合に支給してくれるお金のこと)
3月後半から着々と企んでいた、この学習机の整備。
以前にも書いたがここゲタスル更生学校で現在使われている教室はただ一つのみ。
そして生徒が週に受けれる授業は週に1度。
その他時間は作業したり、ぶらぶらしてる。
主に暇してることが多い。
これはいかんとずっと悩み続けてきた、この現状をなんとかしようと考えたわけ。
本間はJICAのお金を使わずに、机を整備できるのが一番であるけども
そこまでオレの活動に理解を得れていない、且つ、お金がない。
どれくらいお金がないかと言うと、
オレ「マネージャー!新しく使う教室のカギ(300シル[280円ほど])買ってくれ!」
マネ「金ない!待ってくれ!」
っていう感じ。
まぁ実際はそんなわけはあらへんやろと思いますが、でもお金を出すのに渋るってるのは事実。
ということで今回、この新しい机のおかげで期待される効果は簡単に言うと以下の通り。
・生徒の授業−週1が週2になる。
・生徒の暇を持て余す時間が減る。
・配属先へのオレの活動のアピール
・学ぶ機会の必要性を叫ぶ
などなど
残り一年きって、どこまでトライできるかわからんけど確実に前には進んでる気がする。
1つ目と2つ目は来週から始める予定の週2の授業を開始次第、達成できるやろ。
3つ目に関しては、今日、出来立ての学習机を見た同僚が
「やったな!もうお前が仕事ないっていうストレス感じることはなくなるな!」
とオレに言い放つ。
ちょっとちゃうけど、まぁまぁ見ときんシャイ。
よっしゃ、ほな気合い入れていくで。
2011年5月12日木曜日
冷たい雨が降りしきる
5月に入り、雨が本格的に降りだしてきた。
4月の中旬から降っていた雨は不思議と夜中にしか降らなかったが今では朝も昼も降ることがある。
朝晩はめちゃめちゃ冷え込み、トレーナー投入。
雨が降ると子供らのすること激減。
俺のすることも激減。
するといろいろなことに思いにふける。
思いにふけるって響きがいい感じやけども、大半は雑念。
その中の一つ。
もともと英語もできなかった俺は派遣前訓練で勉強したスワヒリ語のみ話す。
ケニアに来て、ここゲタスル更生学校に来て、1年が経つ。
やっぱり伊達に1年いるわけじゃないからある程度は話せる。
前々までもっぱら悩みの種であった語学。でもいつの間にか、そんなこと気にせんくなってた。
ただそのオレの語学力、かなりのムラッ気がある。
ある時は自分でもびっくりするくらいペラペラ話す。
ある時は自分でもよく理解できないほど適当に話す。
今日は特にそれ。びっくりするくらい適当に話してもうた。
単語が出てこない。何を言ってるか理解できない。
たぶんそんな時は雑念に取り巻かれている時やな。とふと思う。
授業してる時はめちゃめちゃ集中してるからあんまり意識せんでも日本語話すみたいにポンポン出る。
ただ「うわっオレ今スワヒリ語喋ってる。」
こう意識すると厄介。
まず自分の言いたいこと考える。
↓
日本語で組み立てる。
↓
スワヒリ語に翻訳
↓
伝える。
めっちゃ時間かかるし、慌てるから文法・単語など完全無視。
ただこのドツボにはまるとあがけばあがくほど底なし沼のように沈んでいく。
要は気にせず明日があるさでいこうってこと。
俺の性格的に考え込むくせがあって、だんだん自分を追い込んでいくタイプなので
はい、切り替えて張りきっていこう。
っていう完全に思いつきの浅〜い今日の日記。
明日晴れるかな〜。
2011年5月6日金曜日
The 禁煙
今日から生徒のトランスファー後、初授業。
新しいメンツが早くも勢ぞろいして、みんな授業に飢えてた。
もちろん素直に勉強したいやつもおるけど、大部分は畑仕事から逃れたいやつもいる。
俺が1週間の休暇から任地へ帰るとFarm Teacherが生徒からボロカス言われてた。
俺いなくて授業がない間、生徒はずっと畑仕事をさせられてたんやろうな。ポーレ。
理由はどうであれ、授業へのモチベーションが高いのは嬉しいこっちゃね。
また今日からぼちぼち始めていくからな!
ということで今日から始まったのは授業だけではありません。
禁煙はじめました。
タバコ吸い始めてから、今まで一度たりとも禁煙なんかしようと微塵も思わんかったオレ。
ただ1カ月前から続くなぞの咳に悩まされ、禁煙を決心。
ひどいときには夜寝れんくらい咳が出て、しまいにはえづく始末。
ということでとりあえず3日間のショート禁煙ですが今のところ順調。
配属先の同僚も禁煙をしてて、昼飯食った後に、二人でそわそわしながら
「今、家戻ったら吸うてまうな」
と言いあって、お互い励まし合う。
そしてタバコ吸いたくなったらとりあえず家に戻って、水がぶ飲みして、あめちゃん舐める。
頑張れ、オレ。そして咳とまってくれ。
新しいメンツが早くも勢ぞろいして、みんな授業に飢えてた。
もちろん素直に勉強したいやつもおるけど、大部分は畑仕事から逃れたいやつもいる。
俺が1週間の休暇から任地へ帰るとFarm Teacherが生徒からボロカス言われてた。
俺いなくて授業がない間、生徒はずっと畑仕事をさせられてたんやろうな。ポーレ。
理由はどうであれ、授業へのモチベーションが高いのは嬉しいこっちゃね。
また今日からぼちぼち始めていくからな!
ということで今日から始まったのは授業だけではありません。
禁煙はじめました。
タバコ吸い始めてから、今まで一度たりとも禁煙なんかしようと微塵も思わんかったオレ。
ただ1カ月前から続くなぞの咳に悩まされ、禁煙を決心。
ひどいときには夜寝れんくらい咳が出て、しまいにはえづく始末。
ということでとりあえず3日間のショート禁煙ですが今のところ順調。
配属先の同僚も禁煙をしてて、昼飯食った後に、二人でそわそわしながら
「今、家戻ったら吸うてまうな」
と言いあって、お互い励まし合う。
そしてタバコ吸いたくなったらとりあえず家に戻って、水がぶ飲みして、あめちゃん舐める。
頑張れ、オレ。そして咳とまってくれ。
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