2011年4月1日金曜日

Tuko karibu BOMA !!

朝に出勤後にすることの一つは同僚らと生徒にあいさつ

生徒は一人一人は難しいけど出来る限りあいさつする。

ほんで同僚らには一人一人握手してあいさつする。
そんな折、マネージャーんとこにもあいさつしていく
まずいつも通り日本語で「おはようございまーす!」とあいさつされ、

マ 「嫁見つけたかー!!がははは!」
俺 「まだや!でも自分で見つけるからほっといてくれ!」
マ 「早く見つけな痩せるぞー!がははは」

どいうことや。(思わず日本語で突っ込む)
どういう理屈やねん。せやからあなたは太ってるのですか。

そんな一場面から一日が始まる。


午前中はいつも通りの授業。
といっても今の時期は学校所有の畑にて収穫後の大仕事があり、でかいやつらは畑仕事にかりだされる。
せやから彼らはこの間授業うけてません。

そんな中、授業が終わり、腹減ったのでキッチンのおばあちゃんに飯もらいにいく。
飯もらってぶらぶらしながらギゼリを食っているといつも会議があるとこでWELFARE(生徒らのカウンセリングや生活指導するセクション)の同僚らがなんやら仕事してる。

彼らはもうそろそろ他の更生学校へと移送される生徒の振り分作業をしてた。
そうか〜もう行くんか〜。

去年の暮に子供らが出て行ってからもう3カ月。
早いな〜。

今回はちょっと自分の私用で少し子供らと関われない時期があり、申し訳ないことした。

そんで来週から生徒のトランスファー(移送)が始まり、続々と他の更生学校へと旅立っていく。
寂しいなぁ〜。

もうそろそろ出ていくと聞いた生徒は「Tuko karibu BOMA!(そろそろ出発!)」といって、もうそらなんとも言えんくらい興奮する。
生徒らにとってはビックイベントの一つ。
他の更生学校には職業訓練や通常のクラス、クラブ活動等がある。
ここゲタスルよりも遥かに「教育」という面で充実している。はず。
そして俺以外のJOCVが活動している更生学校もある。

そんなこうなで着々と出発の日に近づく彼ら。

そんな彼らは先生一緒に写真取ろう!
写真くれる?売って!
30シル(35円くらい)で買うから!

別れに向けて、思い出を欲しいのか。
ただ彼らにとって非日常的な写真に興味があるのか。

そんな彼らをちょっとだけ。






かっこよすぎるやろ。まぁその携帯は俺のやけどな。
 




ん~アウト。


背比べ。

2011年3月31日木曜日

はじめの、はじめの、第一歩

今日は水曜日。
生徒たちはKANISAの日。
(牧師さんが着て、クリスチャンの歌うたったり、お祈りする時間)
そして職員会議の日。

今日のこの職員会議で俺が前から言っていた授業を増やしたいという提案を議題にあげた。
事前にマネージャーとジョロゲには話していたことではあったが生徒のたちの一日のプログラムに関わることなのでその他同僚にも周知した。

まず仕事も与えられず、特に何もしていない生徒の存在を問題として挙げた。
そして俺にも授業をしていない時間あるので彼らに授業をすることでその問題を解決できると説明した。
しかし俺が最も解決したい問題は彼らの授業数を増やすこと=教育の機会を増やすこと

ほんでまずなぜ彼が何もしていない時間があるのかという話になった。
同僚らが言うには生徒全員には本来彼らが沿うべきプログラムがあるということ。
が、しかし沿っていないからそんな状況になっている。

そこでまず一人の同僚がそれを認める。自分が怠っていましたと。
事実、そのプログラムを進行するはずである教員がちゃんと仕事してへんかった。

「あれ?なんか風向きが違うぞ」と思う俺。
というのも俺が感じていたケニア人の印象は「自分の非を素直に認めないこと」であったから。

ほんでその後、話が移り、次に学校のプログラムを変えるには少し難しい点があるということが話合われる。
もちろん今回の俺の提案により学校のプログラムを変えることは不可能ではない。
そして俺がその増やした授業を進めることも可能である。
しかし俺が日本へと帰国する1年後はどうなるのか?
そこを聞かれた。

おっしゃる通り、俺1年後に帰ります。そして1年後のことなんか考えてもいなかった。
そこはちょっと無責任ではないかと。

更に次にいつもお調子者の同僚の一人が俺の気持ちを汲んだのかこんなことを言う。
「マサルは授業をしていない時間があるといってるやろ!マサルははるばる日本から政府のお金使って仕事しにきてるのにオフィスで暇してるのはかわいそうやろ!」

なんかちょっと違うけど・・・まぁええか。ナイス、ビス(同僚の名前)!

そしてそれに同調するうちのボス。

更に更に話が変わり、俺の前任者(俺が来る前に活動していた日本人)の話へ。
この方はまだ俺やもう一人の授業担当教員が来る前の頃に日本人たった一人でうちの更生学校のすべての授業を担当していた。
おそらくかなりの激務に近い労働量だったと予測され、しまいにはケニア人生徒にスワヒリ語まで教えていたそう。

その前任の方がその激務に耐えかね、うちの更生学校を仕切る省庁まで話がいったそうだった。
それによりうちの施設とマネージャー、なおかつその省庁が管轄しているその他ボランティアが活動している施設まで厳重注意がなされたとのこと。

その件を懸念しているうちのマネージャーや同僚たちが俺にあまり仕事をしてほしくないという心配もあるということを言われた。

これは俺が自分でやりたいっていうて自分でやるんやからそこ文句言えません。
せやから安心してねと強く念を押して言った。

とまぁこんな話合いが続けられ、2時間も続く会議で漏れそうな小便を我慢しつつ、結局、落ち着いた結果はとりあえずプログラムはそのままで暇してる子供たちを俺に回すということに。

これもなんかちゃうな〜と思いつつ、とりあえずこれで様子見ようかなと。

本格的に始まるのは5月からなのでまたぼちぼち話していこうと。

そして自分の記録用として今日の会議の状況をこと細かく書いた自己満足の日記。

2011年3月28日月曜日

シリアス

近所に住んでる副マネージャーの姪が俺のマイブーム。

すらっとした華奢な体型で、色は黒というよりもブラウン。
日本人に少し近い顔立ちで、笑うとめ〜っちゃかわええ。
そんな俺の癒しとなってる彼女は俺より3つ下の20歳。

近頃、全然見ーへんなと思ってたらナクル(ナイロビより2〜3時間ほどのにぎやかな街)で仕事みつけたらしい。
ほんで今日向こうに引っ越しするからっていうので副マネージャーがわざわざ授業中の俺を呼んで、あいさつしといでと。

ひさびさやな〜?ナクルのどこ?仕事なにすんの?と軽く会話して、ほなまたナクル行った時はあいさつしにいくわな!と授業もあったので締めようとしたその時。
髪の毛をあげようとして、持ち上げられた彼女のその腕の先、つまり脇に堂々と生い茂った毛。

認めたくない。あかん。それはあかん。
必死に目の前の現実から目を背けようとするものの、目がそこにいく。

そもそも女性が脇毛はやしたらあかんなんて誰が決めたん。
そんなルールありませんな。

せやけど俺の世界を見る視野の狭さが故に、まだそれを受け入れることができず。

あかん。もっと大きな人間にならなあかん。

2011年3月26日土曜日

隣人・友達・弟・先生

なんで休日はこんなに早く、そしてスカっと起きれてまうんやろ。
もっと寝たらええのに二度寝もできず。
昔っからずっとそうやったな〜。
やっぱり休日はワクワク感に満ちてるからやろうか。
そうするとつまり平日はまだまだワクワクしてへんってことなんかな。

もうちょっと わくわくしようぜ 平日も

なんやこの安っぽい一句は。


ということで今日は今年入って初めて家の本格的な掃除を実行。
やるまではちょっと億劫やけどやり始めると意外に楽しいし、こだわる。

やらんでええのに家具の配置変えてみたり、
部屋の装飾し始めるし、
無駄な日曜大工始める。  

ちなみに打ち間違えた釘を力いっぱい抜こうとして、手が滑り、親指から大量出血する。
ほんまどんくさい。
またしても地味に生活に支障を与えるなこれ。
右手親指の先端、いっつもいい仕事してくれてたんやな。

そんで午前中に掃除は終了し、家の前でたばこ吸う。

ここでブライアン登場。


彼は俺の隣人であり、友達でもあり、弟みたいな存在でもあり、先生でもある。
先生というのは最近、彼との会話で英語を勉強してる。
高校の英語の教員免許もってるくせに実用性ゼロ。
完全に教室英語です俺のENGLISHは。

俺とブライアンは壁一枚隔てた長屋で暮らしてる。
つまり同じ屋根の下で生活してる。

年はだいたい12〜3歳くらいで、Primary School STD6(小学校6年生)。
俺のイメージの中の小六で彼を見るなら、相当しっかりしてるなブライアンは。
おかんの手伝いちゃんとするし、礼儀・マナーをしっかりわきまえてる。
おまけに体はでかい方じゃないけど筋肉モリモリ。ウガリのせいか。

晩飯ご馳走してくれたり(おかんがつくったやつを持ってくる)、
俺が家にいない時は電話してきてくれるしな。


そんなブライアンとはよく俺の家の玄関に座って話する。
特に何話するってわけでもないけどそんな時間が楽しい。

今度、ブライアンが通ってる学校でイベントがあって劇をやるらしい。
彼がやる劇を見に行こうかなって思えるくらいブライアンは俺にとって大切なやつ。


未来のスター発掘

風呂入らず、今日で5日目。

今日も昨日と同じく自分に負けて、慌てて起きる俺。
「急がなあかん!」と思ったその次に気付いたことは俺の頭の臭さ。
慌てて起きて空を切った風に乗ったそのにおい・・・じーざす。

今日は風呂入ろ。

ゲタスル更生学校の生徒たちは毎日14時〜16時に「Chini ya mnazi(直訳すると:木の下)」という時間がある。
本間に影のできる木の下で生徒ら全員が集まって、先生の話を聞く。

うちの同僚らはカウンセリングをしているというけど、まぁこれほどFlexibleな時間はないよね。

学校の規則を先生が生徒に確認させたり、彼らのバックグラウンドを一人ずつ話させたり、はたまた聖歌歌ったり、「全員寝ろ!」って言われて寝たり、ほんで先生の気分でなかったりする。
基本はしつけと更生学校に来た理由を話する時間らしいのやけどもまぁ毎日そんな話してても持つわけでもなく。

聞くところによると昔(4〜5年前)はこの時間を使って、授業が行われてたらしい。
やけど授業担当の教諭が一斉に他の学校に異動したことにより、「Chini ya Mnazi」ができたらしい。
要するにすることなくなったんやね。

そんな時間に今日は生徒のタレント(才能)をお披露目することになった。
特別なイベントってわけでもなく、普通にいきなり始まった。

ほんで生徒らは挙手性で自分のタレントを披露。

ラジオのパーソナリティー的なんやったり、
有名な歌手の歌を踊りつきで歌ったり、
手前味噌の劇したり、
人間楽器やるやつおるし、
普通に前に出たかっただけのやつもおる。

もう2時間笑いっぱなし!!
ちっちゃい10歳くらいのやつが大人顔負けの腰振りするし
フルハウスばりのオチの良さとテンポの速さで演技するし
絶対やりたかっただけやん!ってツッコミたくなるくらいくだらん茶番劇やるし
もう笑い疲れた。。。

せやから写真取り忘れたKabisa(完全に)!


日本って人の前で自分を前面に出す機会なんてそうそうないよな。
やれって言われても恥ずかしいてやらんやろうな。
日本に「スベる」っていう言葉がなければどれだけ日本人は自由になれるだろうか。

そんな日本で育った俺は「先生もなんかやって!」と120人の生徒の大声援の中、無茶ブリされて、「俺足怪我してるから!!」と必死で回避する。
生まれて初めて無茶ブリされて、相手じゃなく自分を責めた。

もっと大きな人間になろう。


そんな子供たちの日頃のストレス解消と自分自身を表現する素敵な時間を綴る。

2011年3月25日金曜日

Hakuna Pesa, Bwana !!

毎朝、朝6時半に目覚まし合わせるのに最近、起きるのは8時(出勤時間)10分前。

しかも自分がいつのまにか目覚ましを止めていることすら覚えてない。

そっから最近は慣れたせいか急ぐことすらせず、ゆっくりパン食べて、タバコして、うんこ出してからいく。
毎晩ちゃんと明日はちゃんと起きようと決めて寝るのに、朝に自分に負けてしまう。俺まだまだ弱いな〜。
明日はちゃんと起きよう!

今日は昨日病院に行ってたので授業を増やすための話をしに、マネージャーのところへ。

うちのマネージャーはこれまで何人もの日本人ボランティアと関わってきたのでとても理解のある人。
そしておまけに仕事もできる。
ちなみに俺がこの間、急きょ日本に帰ることになった時にマネージャーは誰よりも心配してくれた。

空港までの車手配してくれるわ、
家のセキュリティーを心配してくれるわ、
おまけに空港まで同僚らつれてきて見送りにきてくれるわ。

最高の上司です。俺は彼のことを普通に尊敬してます。

ほんでそんなマネージャーのところへ行って話開始。

結論から言いますと、「保留」

というのもクラスを増やすということは他の同僚と話をしないといけないことなのでマネージャーがどうこう言える問題ではないと。
ただ基本的にはマネージャーにはOKもらったのは確か。

ほんでジョロゲ(授業担当教諭)が4月をほぼ丸々研修で休むので、実際生徒の授業時間数が増えるのは5月に入ってから。

せやからそれまでにやらなあかんことは教室の整備と同僚への周知、ほんで机の調達。

机の調達がちょっと難関やな。
マネージャーに机買ってっていうたら堂々と「Hakuna Pesa, Bwana !! (金ないわ、ミスター!!)」と言われた。
そらそうやな、鉛筆買っていうても渋るのに。


2011年3月24日木曜日

PEACE

玄関でたばこを吸っていると家の目の前にある畑で野菜を取る若い女の子がおる。

俺がいることを気にもせずナイスヒップをこっちに向け、ちょうどいい谷間をにのぞかせる絶景。

こんなことで今日一日よかったなと喜べる俺。平和やな〜。



今日は仕事を休み、病院2件をはしご。

1件目は整形外科。

2週間くらい前に子供とサッカーしてる時にお互いボールを蹴り合う形になり、ボールをおもっきりクリアーしようと足振り抜いた結果、右足靭帯部分断裂。

笑えん。このせいでお世話になった先輩のクワヘリサッカー(お別れサッカー)に出場できず。

2週間は右足はつくなと言われ、松葉杖生活を送ってた。

でも今はぼちぼち歩けるようになってます。

心配してくれた方、お世話していただいた方、ありがとうございます。完治まであともうひと踏ん張り!


2件目は歯医者。

1週間前に学校の昼飯でギゼリ食べてたら、中に入ってた石をおもっきり噛んで、歯がかける。

これは笑えた。微妙に間抜けな顔になる。

こっちの歯医者は日本に比べるとちょっとレベルが落ちるらしいと健康相談員さんに言われたが実際行ってみるとそうでもない。
普通にコップおいたら勝手に水が補給される台もあるし、歯削るやつ、唾液吸引するやつもある。そしてきれい。

まぁ歯を掃除するときに水かけるやつでおもっきり俺の顔にしぶきかけたり、歯の型とるからって口の中に粘土みたいなん入れるのはええけどなぜか俺の顔面おもっきりしばいたりすることはあるけどそれ以外は全然、日本と変わらん気がした。

というかこの点については技術というよりも人のことを思えるかどうかってことやな。

来週もう一回いって、新しい歯をつけてもらいに行きます。

帰り際に、受付のねーちゃんから次回払ってねと可愛らしい笑顔で渡されたその金額は俺の月の生活費と同じ。